2.山久・6月2日①

 山久は翌日、荻野修哉について聞き込みを始めた。ただ、表面上は取材活動を規制されているため、公には動くことが出来ない。そのため、修哉の周辺につながりそうな知人を探り出し、情報が漏れないように配慮しながら取材することにした。

 すると、教員をしている高校時代の同級生が、修哉の通う小学校に知り合いが居るらしく、どのような子どもだったのかを聞いてくれた。

 修哉は成績も良く、運動神経も良い、いわゆる優等生タイプの生徒だった。友達との間に目立ったトラブルもなく、明るい性格。先生に言われたことはきちっと守る子供だったという。

 捨てられていた子猫を登校途中で見つけ、可哀想になって学校に連れて行き「クラスで飼ってはどうか」と提案をするほど、優しい面もあった。

 現在学校内では、修哉は風邪をこじらせて休んでいると言うことになっているらしい。本当の理由を知っているのは校長と教頭、担任教諭辺りだろう。

 次に山久は修哉の自宅周辺を歩いてみることにした。もちろん身分は隠してだが、さらに修哉の事を知ることができるかもしれない。

 修哉の自宅は福井市の中心部から北へ十分ほど車を走らせた住宅街にあった。その周辺は「大和地区」と呼ばれる新興の商業地であり、住宅地でもあった。

 早速、修哉の自宅を確認するため、近くにあったコインパーキングに車を止め、徒歩で周辺を巡った。

 修哉の自宅は真っ白な外壁に覆われ、庭では青々とした芝生が丁寧に手入れされていた。山久の感触では新築して間はないように見える。

 修哉の自宅から小学校まではゆっくり歩いても二十分程度。それほど遠い訳ではなく、通学路は車の通りが多いため、誰かが誘拐現場を目撃している可能性もありそうだった。

 さらに付近には商店街や民家もあり、何かあったときに逃げ込めそうな感じでもある。実際に誘拐された場所は未だ不明だが、山久は誰にも気付かれずに誘拐するとすればかなり困難な気がした。

 修哉の自宅から小学校までの道を歩いていると一軒のラーメン屋が目に入った。「ラーメン」と書かれた看板でようやく「そういえば、もう昼か」と気付いた山久は、その店で腹ごしらえをすることを決めた。

 店内にはいると、土木作業員だろうか、作業服を着た三人のほかは誰もいなかった。カウンターに座り、メニューを手にとって眺める。

「オススメは何ですか?」

 山久は初めて入る店で必ずそう尋ねる。少なからずそこで一言は店員と会話を交わすことができる。会話はネタを掴むための全ての始まりであり、どこからネタが転がってくるか分からないからだ。その男性店主は笑顔で答えた。

「オススメですか?そうですねえ、よく出るのはラーメンセットですね。唐揚げとライスが付いてます」

「それじゃ、それを下さい」

「分かりました」

 しばらくしてラーメンセットが目の前に差し出された。山久はそれをじっくりと見つめる。

「珍しいですね。福井では塩が多いのに、豚骨ベースなんですか?」

「ええ、うちは昔から豚骨なんです。多分、市内では一番古い豚骨ラーメンの店じゃないですかね」

「あ、昔からここに店を出されてるんですか?」

「そうです。創業したのが私の父で、昭和三十五年からですから、結構長いですよ」

「そうなんですね。私は当時にはまだ生まれてませんから、私よりも老舗ですね。昔、この辺はどんな感じのところだったんですか?」

 店主は手を器用に動かしながら、記憶を遡っているようだった。

「今から考えるとびっくりするかもしれないけど、この辺は一面、田んぼだったんですよ。それが近年になってショッピングセンターや飲食店が乱立して、おまけに住宅街も。まあ、売り上げは上がりましたけど、昔は昔で良かったんですよ。田舎の田んぼ道に一軒、ポツリとあるラーメン屋でしたが、それでも地域の人たちから愛されてた店でした」

「それにしても、この急速な開発は何か理由でもあるんですかね」

 福井市北部が発展し始めたのは二十年ほど前。一軒のショッピングセンターの出店から始まったのは山久も知っていた。しかし、それ以降にも次々といろんなジャンルの店が進出してきた。それまでは誰もが手を付けておらず、地価も安い場所だったが、なぜ、状況が一転したのか、詳しい裏事情は知らないでいた。

「お兄さん、福井市の人?」

「ええ、まあ」

「それなら、桜さん知ってるでしょ?昨日亡くなった」

「はい。桜さんが何か関係してるんですか?」

 店主は眉間に皺を寄せて少し声を抑えて答えた。

「桜さんの父親は元々、この辺りの出身なんですよ。昔から積極的に議員として、地区の代表として前面に立ったり、土建業者と地元の間に入ったりしてきた人でね。この地区が一気に市街地化したのも、裏で、というと悪く聞こえるかもしれないが、桜さんという後ろ盾があったからこそなんですよ」

「へえ、そうなんですね。亡くなった息子さんの方は、衆院選もベテラン議員を破りましたけど、やはり人気もすごかったんですか?」

「そうですねえ、若い人からはかなり人気みたいでしたね。普段、投票に行かない人たちまで動かしたから、この間も勝てたんじゃないですか」

 山久はラーメンを口に含みながら、話を聞いて頷いていた。そして、桜が殺された理由について考えていた。

 何故、桜が殺されなければならなかったのか。誰かに恨まれていた?地元の人間には慕われていたかもしれないが、まあ、代議士ともなれば多かれ少なかれ利害関係のある人物は存在する。

 ただ、それで殺されたとしても、あんなに大げさに殺すことに違和感を感じる。

今回の誘拐事件との整合性もだ。あれだけの聴衆の前で代議士を殺しておいて、今度は誘拐事件を起こした。誘拐事件については公表されていないし、犯人側からもアクションはない(と思われるだけで、実際には報道陣が知らないだけで、警察の方に何らかのアクションを仕掛けている可能性もあるが)。

 一方で、誘拐事件の方は、事件を大きくしようとする動きが見られないのが逆に不自然に感じる。

 まあ、この二つの事件が関係しているというだけでも福井県史上稀にみる特異な案件だから、すべてが不自然でもしょうがないのかもしれないが。

 十分程度の時間で目の前の食器を空にした山久は、会計をした後、店を出た。

「さて、どうするか」。一言呟いた山久は富田に一度、連絡を入れることにした。

 携帯電話を取り出し、会社ではなく富田の携帯のメモリーを呼び出して電話を掛けた。

「どうだ」

 少し緊張しているかのような低めの声で富田は応答した。

「僅かですが、誘拐された被害者のことが分かりました」

 山久は知り合いの教員から入手した荻野修哉についての情報を説明した。

「そうか。被害者宅の周辺の様子におかしいところはないか?」

「ええ、今のところは穏やかですね。県警の方の動きはどうですか?」

「警察側は定期的に会見を開いているが、目新しい情報は無いようだ。犯人からの連絡もその後は途絶えている」

 「そうですか、分かりました。また連絡します」答えて山久は携帯を閉じた。

 身代金の要求は未だに無い。ただ、何の目的もなく犯人が男児を誘拐した理由は何か。可能性としての話ではあるが、桜殺害事件に便乗し、その犯人を名乗った別人による誘拐ということも考えられる。

 しかし、それならば何故、何も要求しないのか。ただの便乗であるならまず、金銭など何らかの要求をするものではないか。

 山久は考えを巡らせながら、もう一度、荻野修哉宅と学校の間を歩いてみることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る