第40話 ことの成り行き

 人事関係の話は大学側に伝え、関、西田助教にも了承を得た。大学当局は果たしてW大からの事前通告を受けていたようで、かなりのやりとり、ようするに駆け引きをK大当局とやったようである。和田教授はその手については百戦練磨であり、私の了解を得ていると述べた上でW大との交渉を進めたようだ。結局のところ、私の名前さえ確保していれば大学の名誉を保たれると考えたK大は、私を特例として名誉教授職につけることにした。晴れて自由の身になれる。それにしても、と思う。


 名前だけ確保したい、というのも随分とご都合主義ではあるが、そういうのが大学というものだ。大学への私からの注文としてはナノ・デバイスとの関係を認めて欲しい、ということだけで、むしろ管理側はそれを望んだ。要するにカネが欲しいわけだ。


 私は関と西田助教にも結論を話した。


「まあ、悪いがそういうことだ。君たちはW大で同じ研究室の仲間としてこの研究を進めていって欲しい。設備については、こちらの大学が手放さないかもしれないから、行き来することになるだろうけどね」


 関が言った。


「いや、分かるんですが腑に落ちないものが……」


「私が事実上やめる、ということかい」


「そうです。西田先生はご納得されているかもしれませんが」


「そんなことより、昇進おめでとう、だろう。それに論文、二報目は書いたのか」


「いや、西田先生含めて三報目です。これから四報目をかくところですが、例によって講演依頼がかなりの数で。武田先生がお断りになられると、全部わたしたちのところに」


「それは悪い。小遣い稼ぎだと思って、暇なときだけ出たらいい。もう宣伝なんてする必要もなくなってきた」


 実際そうであった。ナノ・デバイスからは試験用サンプル製品が各社に提供され、三月には量産供給がはじまる。ナノ・デバイスの坂田氏は市場調査を終え、十分いける、と判断したようだ。石田先生はナノ・デバイスに入り浸って、私たちとは別に応用研究を考え始めた。荒井はというと、次世代型のプロセッサ開発のリーダーとしてやはりナノ・デバイスで手腕を発揮しているようである。


 三月の量産がはじまって落ち着いたころ、私は東京で荒井と落ち合うことにした。結局、いつも飲み屋である。田中さんもご一緒することにした。品川のしゃれた飲み屋で合流した。


 荒井は疲れも見せずに、軽く「おぅ」と挨拶した。こちらも手を上げて挨拶した。


「久しぶりだな。元気そうでなによりだ、この激務だというのに」


「もう、収束しそうだからな、歩留まりも上がって出荷予約も上々だ。だからかな。田中さんもお元気そうで」


「俺かい?俺はまあ、その見守り役っていうか、そう、面白そうなことみてるだけでいいんだよ」


 そんな話をしながら、居酒屋で食事をし、ホテルのラウンジバーで近況を話し始めた。


 荒井も我々もカクテルを頼んだ。荒井は話し始めた。


「ようやく出荷だが、例のガードリングを外したデバイスについては注意深く供給先を選んでいる。当然だが君たちには提供する。石田先生はどちらかというと、今出荷中のデバイスの応用を考えてるようだ」


「何か分かったか?」


「君たちの分析より先には進んでいないよ。難しすぎるんだ。ここをなんとか、というのが次の課題だろうが、これは長い目で見るのだろうね」


「世界最大のシリコン・デバイセズの動きは?」


「あいつらはさ、今のデバイス売ってれば儲けられるから、あまり急いではいないよ。大体、あのデバイス、特許見たところで作れないはずさ。あと三年はかかるね」


「そいつはすごいね。三年あれば従来デジタル・量子混合プロセッサが軌道に乗るだろう」


「そうだ、そのつもりさ。それより、君はいよいよ引退か。何するつもりだ」


「あのガードリングなしデバイスで遊んでみたいのさ」


「そうか。いいよ、いくらでも供給するけども」


「まあ、一つか二つくらいあればいいよ。多少、改良して欲しいところとかは言うけどね」


 荒井はグラスを空けると、一言いった。


「わかった。武田大先生に祝杯だ。マスター、三人にもう一杯ずつ」

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