第37話 学会発表とその反響
幕張でのプレゼンテーションの日、荒井は来なかった。我々大学チーム計四人で出かけた。関はそれほどでもなかったが、西田助教は緊張した。田中さんは発表なんか大嫌いだ、とは言ったが同行した。私は言った。
「まったく、自分だけ来ないやつがあるか。荒井め」
関が答えた。
「歩留まりを上げるのに必死なんじゃないですか。それに安全性確保も必要ですし」
「そうだろうけど、売り上げ貢献に私まで動員してるのだからね」
「まあ、いいじゃないですか。この成果は大したものですし、荒井さんの努力の賜物です」
「ああ、しっかりとアピールしよう」
緊張する西田助教にはコーヒーを買ってきて、表の喫煙コーナーで一緒にタバコを吸いながらコーヒーを飲み、リラックスさせた。
「どうせ、阿呆の集団だ、気にするな」
西田助教の緊張は少しずつ解けてきたようだった。我々に与えられた時間は90分もある。異例だ。最初は西田助教が隔離タンクでの状況と脳内活動についてまとめる。次に関がデバイスの奇行とその原因についての推測を述べる。最後に私が全体をまとめる、そういうストーリーだ。LSIの上面図を見せ、どこがどのような役割を果たしているか説明し、さらに巷に売るデバイスはあくまでAI補助的な役目しかしない、ということも説明する。しかし、超高性能であることは述べる。
昼休みに会場を見にいった。たっぷりと1000人は入る区画を作っている。昼休みにもかかわらず、会場には人がおり、弁当を食いながら雑談していた。食堂は混み合い、中々食事にもありつけないからだろう。我々は、担当者と打ち合わせしながら、別室に移って昼飯を食った。
「ちょっと、希望者が多くなりまして、急遽、普通の会議場ではなくて見本市に使う場所を区切らせて使うことになりました。あわただしくて済みません」
そう主催者側の担当者は言った。彼は忙しそうに我々のプレゼンテーションのための準備に出かけて行った。出かけ際にまた言った。
「プレゼン資料はすべて発表用PCに入れてあります。レーザーポインタを用意したので使ってください。あとは発表の5分前にお呼びします。それまでお待ちください」
もう、今更逃げられないな、そう私は思った。時間を見るともう間近になっている。あわただしく、頭の中を整理した。関も西田助教もむすっとした顔をして資料に目を通している。やがて、担当者が我々を呼び出しに来た。
「お時間です。どうぞ、こちらへ」
我々は案内されるまま、発表壇上に招かれ、用意された席に座った。聴衆の方を見た。随分と多い人数だ。ここまで大きな会場、私にもそれほど経験はない。西田助教の顔は少しひきつってはいたが、先ほどに比べればましだ。我々の席の前には、それぞれの名前が書いた垂れ幕までついている。そして、合図とともに西田助教は立ち上った。
西田助教はひとしきり、隔離タンクでの実験とその動機について述べた。そして、脳内の活動の様子を説明し、「意識の座」というものは必ずしも決まった場所にあるものではない、ということをかねてからの理屈とうまく整合させながら話した。およそ30分ほどで説明を終えた。担当者が立った。
「有難うございます。西田先生。続いては、脳内活動をシミュレーションするデバイスについて同研究室の関さんからご発表がございます。関さんどうぞ」
関は堂々と立ち上り、壇上についた。関はまず、デバイスについてのひととおりの説明をした。重要なこととして、「積み上げられた大量のデータを解析」した人口知能ではなく「ある量子力学的な素過程を利用した“発想”」がデータを説明できるかどうか、という試行錯誤の過程が知能である、ということである。関は見事にロジカルかつ分かりやすくその説明をした。聴衆は沈黙して関の発表を聞いた。最後にこのデバイスが自ら、自身のニューロン結合の性質を変える可能性にまで言及した。
そして私の番である。
私は、マイクロプログラミング・ユニットについてまで言及し、それが量子ゲートと相互作用することを説明した。そして、その動作が完全には理解できていないこと、また、動作を理解しようと介入すると、量子力学的な観測の問題にぶち当たることを説明した。最後にデバイスの上面図を見せ、わずか10mm角のチップでこれが実現できること、出荷用には初期段階でマイクロプログラミング・ユニットを隔離し、安全性を確実にしていることを説明した。また信頼できる共同研究者を求めていることを述べた。供給体制についても言及し、三月には初期ロットが出荷されることも述べた。
聴衆からは次々と質問が殺到した。司会者はそれをさばききれず、出口アンケートに記入するよう求めた。
「これで我々のひとまずのステップはクリアだ」
私はそう言って、荒井に電話をかけた。
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