第36話 プレゼンの論理

 カンファレンスに向け、私は戦略を練り始めた。ロジカルに理論を組立てて、かつ推測をまじえての上、デバイスの動作、人間の思考について考察した。私の考えた理屈は以下のようなものである。


 発想、あるいは自発的な学習とは量子力学的な偶然の積み重なりによっておこるものである。ある量子ゲートが量子効果に基づいた偶然により、ビットを立て、それに引き続いて周囲のゲートも動作する。その発想が、事実を説明できないのなら淘汰される。事実を説明できるのであれば、周囲のニューロンが一斉に活性化され、新たな試みを実行する。その際に、マイクロ・プログラミングユニットは自身をその新たな試みに対応させるため、デバイスの動作を変身させるために利用される。


 事実とは、デバイスに入力されてくる情報である。情報なしでも発想は起きるであろうが、有用なものとはならない。いわゆる幻覚に近いものである。様々な情報のうち、自身の身に危険が及びそうな重力あるいは加速度情報は極めて重要で、それに対する学習は迅速にかつ、多量のニューロンを投入する必要がある。だから、デフォルト・モード・ネットワーク、つまりDMNは常に動作し、人間の場合には、その脳活動の多くをそれに割かなければならない。重力は常に人間の体に作動しており、その処理に追われる。そのほかの刺激に対しても対応しなければならない。それがなくなれば、活性化に必要なニューロンは増え、それだけ脳細胞の休息あるいは余裕ある活動を可能にする。


 この説を、西田助教、関と議論した。感覚遮断実験におけるデータもそれを間接的に証明し得るものである、ということで一致し、カンファレンスに臨むことにした。資料は関と西田助教により作成され、私がリファインしてスライド化した。カンファレンスの最後に私が登場する形で総論を述べる。詳細な点は西田助教、関が解説する。このような形態にすることをカンファレンス開催者に連絡し、了承を得た。また荒井にも必要な宣伝データを渡すように要求した。電話で荒井に連絡を取った。


「荒井君、君たちで見栄えの良い図でも持っていれば送ってくれないか。他に宣伝したいことがあればいってくれ」


「ああ、いいさ。LSIの上面図とか、見栄えするからね、それと特許を取ったデバイス構造についても極秘のノウハウは除去して図を作ってある。それを暗号化して送る。今回は直接会う時間が作れないから、仕方ない。弊社の暗号化コードを分断してメールで送るからそれを使ってくれ」


「わかった。私にも説明できるものなんだろうね」


「ああ、君の知識で十分だ。分子生物学、情報科学、LSI製造工学を知っている人なんて数少ない。武田は適任者だ」


「そうか。では、急ぐとしよう」


「マイクロプログラミング・ユニットとの素子分離構造はできたのかい」


「順調だ。おかしな動作もせずにおとなしくしてるよ。試験は継続だがね。妙ないたずらはしなくなった」


「そうか、その辺りは十分に気を付けないとね」


「当たり前だ。歩留まりも順調に上昇している。来年度には1000個ロットで一デバイスあたり5万円という破格な価格を考えている。原価製造費は1000円にも満たない。予備注文はカンファレンスの後から開始する。それにより、ライン増設も考える。それから、例のガードリングなしのデバイスは旧ラインで少しだけ生産する。こちらは無償とするが、信用できる機関に提供する。がっちりと守秘契約を守ってのことだ。坂田氏は来年度の売り上げ見通しを考え始めた。おそらくは、数百パーセントの成長を見込んでいる」


「それはまたおおげさだな。ところでだが、、、」


「ああ、分かっているさ。君は大学を辞めたいんだろう。そういうのがきみだっていうことくらいは理解してる。気持ちもわかる」


「いいのか、途中だが」


「途中ではない。基礎作りに協力してもらい感謝している。君にもデバイスは提供するよ、もちろん、ガードリングなしだ。好きなようにすればいい」


「それはまた。君との信用関係もあることだ。ありがたい」


「何をいってるんだか。これからも協力はしたいが、好きなようにしろ」


「そうか、ありがとう」


 電話は切れた。


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