第35話 製品発表に向けて

 私たちはナノ・デバイスの接待施設に入った。そこはとても一メーカーのものとは思えないほど垢抜けていた。バー、レストラン、社員向け食堂などがあり、会談しているグループも何組かいた。きっと取引先か、米国本社の営業なのであろう。荒井が一言、店員に言った。


「バーの個室スペースで」


 店員は「かしこまりました」と言うと、遮音壁の向こう側の席に私たちを案内した。席に着くなり私は言った。


「荒井君、少しは落ち着きたまえ」


「ああ、分かっているよ。しかしなあ、自分の会社を解散し、この開発が終わって、ナノ・デバイスに買収してもらって、デバイス製造を立ち上げ、あと一歩というときにこれだものな」


「まだ、使えない、と決まったわけではない」


「当たり前だ。これだけ注力したんだから。あの挙動に驚愕しただけだ」


 荒井は落ち着いてきたようだ。荒井はビールをジョッキで頼み、皆もそうした。すぐに届いたビールを飲みながら荒井は言った。


「しかしな、今11月だろう。君たちには12月のカンファレンスで発表して貰いたい。実はすでにカンファレンスに申し込んでしまった」


「君はなんということを。今からデータ解析して準備では間に合わないぞ」


「いいんだって、カンファレンスなんだから言いたいように言っていい。聴衆は1000人くらいいるから、質問なんてできやしないよ。ガードリング、という言葉は出してもよいから、安全で今までにない高性能なデバイスを供給する、ということを宣伝してもらいたい」


 関が言った。


「そうなのでしたら、現時点の仮説で良くはないですか? それにデバイスは完成しており、注目すべき結果も出ています。もちろん、危険性については間接的に述べるとして」


 荒井は答えた。


「ああ、それでいい。私たちは安全なデバイス生産に注力する。しかしなあ、冷蔵庫の操作法まで自分で学習し出すとは。しかも“自主的に”だ。とんだチャイルドだよ。あいつの動きを制御しなければならん。


坂田さんは、日本法人社長に12月に就任するんだ。製品発表はそれに合わせたい。坂田さんの野望はこうだ。まず、あのデバイスを単品で出荷する。そしてさらに高集積化してデジタル演算器、シグナルプロセッサを同じチップに集約する。


 デジタルデバイスでないとできない処理もあるからね。それに従来型の電子機器につなぐインターフェイスが必要だ。それで、スマートフォンからスーパーコンピュータの中央処理デバイスまでシェア一位を目指す、そう宣言することになっている」


「また、途方もない野望だな。まあ、この業界、一年で200パーセント成長とか当たり前にあるからね。それから、ガードリングなしのデバイスも研究機関には供給して欲しい。この研究室だけでは仮説をぶちあげるまでがせいぜいだ。それでも十分、注目されると思うが」


「分かっているよ、今製造しているデバイスをその用途に使おう。信用できる研究機関だけに供給する。飲んでしまったが、とりあえず乾杯しよう」


「ああ、じゃあ、みんな、乾杯」


ジョッキをかち合わせた。皆は落ち着いてきつつある。あとは、模索した理屈とDMNの働きを絡めてカンファレンスに臨もう。成果発表の名誉は西田助教と関に譲り、私は紹介だけにする、それが私の役目だ。

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