第34話 焦燥
私は荒井に言った。
「荒井君、心配なのだが室外にLANの情報とか漏れていないよな」
「漏れるわけがない。この業界の情報管理の厳しさは知っているだろう。その代わり、ここの社員ときたら、何でも電子制御にしたがるからね。この部屋の内部に限っては電気機器からハードディスクアレイから何もかも接続されている。
IoTってやつの試験するつもりだったからだよ。だから、電灯までつけたり消したりできるわけだ。最近はやりのAIスピーカーにも搭載されてる機能だよ。まぁ、市販のAIスピーカーは命令しない限り、またプログラムが対応してない限りはできないはずなんだけどね。まったく、とんでもない赤ん坊だよ」
「IoTか。全てをインターネットに、というやつだね。怖いのは、電源線を通じて信号が運ばれる、ということもある。しかも、ヤツときたら勝手気ままに機器の制御をやってしまう」
「こういう工場の製造装置はノイズを嫌う。だから、コンピュータの信号のような高周波は電源から徹底的に排除することは知っているだろう。だから大丈夫だ。アタマにくるのが、米国製のこの腐れOS※に腐れCPU※だ。この勝手放題を止めるどころか従ってやがって。無茶な命令を発行しまくってるぞ」
ディスプレイにメモリの内容を表示させながら、荒井は語気荒く言った。
※OS:オペレーティングシステム、コンピュータの入出力動作を制御する基礎プログラム
※CPU:中央演算処理装置、コンピュータに与えられた指令のほぼ全てをこなす部品
そういうと、荒井は一層、汗ばんだ。そして、額の汗をシャツで拭い、冷蔵庫からビールを取り出して飲もうとした。荒井が冷蔵庫を開けると、小さな冷凍庫兼用の冷蔵庫は最強状態にされており、ビールが凍りかけていた。
「あいつめ」
荒井は唸るように言うと、その凍りかけのビールを飲み下して気を落ち着かせようとしていた。私も体温が上がって汗ばんでいた。
「君も勤務中にビールとはえらい不良社員だな。私もひとつ貰おう」
「ああ、いいさ。飲んでくれ。みんなも。まったくどうなってるんだ。暑い。まさかエアコンはヤツがいじってないだろうな」
「二十四度の設定のままだ。熱くなってるのは私たちだよ」
私が荒井に努めて冷静に言った。そして、関は昨日の私たちの議論について荒井に言った。
「昨日、先生方と話をしまして、量子ゲートとマイクロプログラミング・ユニットを断絶したバージョンを民生用に作るべきではないかと」
荒井はビールをぐっと飲んで言った。
「そうだろうな。何しでかすかわかりはしない。ガードリングを使えばいいか?」
問いに関が答えた。
「それでいいのか分かりませんが、確実ですよね」
「確実かどうかなんて分からないから、ガードリング付けて再試験するよ」
荒井はすでに缶一つビールを飲んでしまい、険しい表情でもう一缶を開けだした。
「荒井君、ちょっと早いが今日は退社して、みんなでバーにでも行かないか」
私は言った。
「ああ、そうするか。いや、待て、このことは機密だから会社の接待施設で話そう」
「分かった。そうしよう。まだ16時だが、開いてるのか?」
「ああ。この工場は二十四時間三交代だし、時差のある米国から来た幹部を接待するためにいつでも開いてる。個室もあるから、あそこなら情報も漏れない。さあ行こう」
私たちは空になったビール缶を机に置いたまま、立ち上がり接待施設に向かった。
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