第33話 スター・チャイルド

 荒井は二台のデバイス基板とセンサー類を用意して待っていた。


「一台は君たちが動作を観察するためだ。もう一台は参照用、つまり比較用だ。まあ、必要なら参照用一台の基本プログラムを石田先生が改造する。ほかに加振装置と抑制装置、液晶パネルと光学レンズとカメラ、マイクをハードとして用意した。他にも刺激は沢山あるだろうが、センサーだらけになるから情報として与えるだけにすることにした。デバイス基板とPC、そのほかの機器との情報伝達は無線LANでは情報が漏れる可能性があるから、この室内専用有線LANを使う」


「それで、このデバイスの反応、対応を見ようということだね。まずは重力問題だ。加振装置を動作させてみよう。単純でパターンのある揺れに対してどうか。ランダムな揺れに対してどう反応し、振動を抑制するか、という課題だ。」


「さっそくだね。じゃあ、加振装置を。まずは定期的な揺れだ。出力はそれを打ち消すように働くはずだ。なぜなら、基本プログラムに自身を保全することを命令してるからね」


 加振台は簡単な前後運動を始めた。加速度センサーは回路に送られる。カメラも装着され、台の挙動も同時に送信される。すぐに学習を始めたそのデバイスは逆方向への加振信号を出力し始めた。わけないことだ、今のAIにさえ可能だ。次にランダムな加振、これに対しても時間はかかったが、加速度のかかった瞬間に逆方向への加振信号を発し始めた。


「まあ、ここまではこんなもんだろうね」


 荒井が言った。


「では、次にマイクロプログラミング・ユニットと量子ゲートを直接結合させて、一挙にいろんな信号を流してみる。いいかな、武田君」


「ああ、そうしたいところだ」


「では、運動神経に当たる信号、視覚、聴覚、それぞれ五感に相当する信号を送ってみよう。視覚、聴覚はカメラとマイク、運動神経はロボット作るほどの暇ないから信号だけだよ」


 荒井はそう言って、作業を始めた。作業とはいってもいくつかの装置をつないで、確認し、石田先生にそれがPCで認識されているか再確認してもらうだけだ。最後にデバイスのスイッチを入れ、石田先生がプログラムを動作させた。しばらくは先ほどのように加振装置に対応し、そのうちに、視覚カメラの方向をあちこちに向けだした。マイクもあちこちの音に反応して動作している。


「うまくいっているようだね。まあ、当たり前といえばそうだが。で、ここが肝心なのだが、これはプログラミングした動作ではない、ということだ。デバイス自らが操作法を学習して行っている動作なんだ。デバイスは様々な手法を試し、うまくいったかどうかを認識する。そうやって自己学習を強化していく」


「大した物だ。一種の“発想”だが、今のAIでもそのうちにできそうには思える」


「そうだな、まあもう少し見ていよう」


 私たちは暫く見守っていた。デバイスは予測されたような動作をしてはいる。どうやって自己学習しているんだろう、という疑問は湧いては来たが、荒井に仮説を述べた。


「量子力学的効果によって、突然あるニューロンの活性化が起こったとする。量子効果だから全くの偶然だよ。ここで、連鎖的に情報が伝わる中で、その活性化情報が今あるデータを説明できないなら淘汰されるし、情報を説明できるのなら信号とニューロンは増強されて新たな結果を吐き出す。それが発想ではないかな」


「そうかもしれないな。いわゆるロボットの制御なんかには不意にランダムかつ連続した振動が与えられることなんか今は考えていない、あるいは考えていてもあらかじめプログラミング済みでのことだ。でもそのうちに必要になるだろうし、どのような振動が来るか、それが地震か、自分に脅威が及ぶか予測が必要にもなるだろうしね」


 しばらくは部屋で我々は歓談しながらデバイスの動作を見守っていた。ごく常識的な動作をしているかのように見えたが、液晶ディスプレイ上ではニューロン・ネットワークが拡大を始めている。DMNに相当する、基本的な加速度演算処理をしているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。一体、このデバイスは何をしだそうとしているのだろうか。


 その動作について皆と歓談をしているうちに、突然、部屋のLED照明が明滅し始めた。笑顔だった荒井の顔が引きつるのが一瞬見えた。


「まずいぞ、関君、速くネットワーク・ケーブルを抜け!いそげ!スイッチ見えるか?」


「見えないです、暗い!ケーブル接続信号の灯りを見て抜きます!」


「電源も落とせ!何しでかすか分からんぞ!」


 荒井が怒鳴っている。部屋にいる者は突然の出来事に動揺し、動けるのは関だけだ。関が照明の明滅するなかケーブルを探り当てた。やがて真っ暗になった部屋で懸命に接続信号の灯りを見つけてネットワーク・ケーブルを引き抜き、デバイスの電源も落とした。


 照明は何ごともなかったように点灯した。


 唖然とし、額に汗染みを浮かべた荒井に私は言った。


「あれはスター・チャイルドなんだよ」


 荒井が聞いた。


「なんだそれは?」


「2001年宇宙の旅、クラーク原作で読んだか?」


「ああ、かなり昔」


「ラストシーンの赤ん坊の描写を知ってるか? もっとも原作でしか詳しく述べてないが。とてつもなく能力はあるが、この世に生まれたばかりの赤ん坊が、様々なイタズラをするシーンが描かれている。赤ん坊はスターチャイルドの象徴だ」


「あんな程度は児戯にすぎないと?」


「そういうことだ」

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