第32話 “意識”についての議論

 沈黙をやぶって関が続けて言葉を発した。


「情報統合理論という、宣伝中の理論ありますよね。膨大な知識とそれを統合するシステムが意識だと」


 確かに、そういう理屈はある。だが、まだ建設途上で具体的な成果もどんなものだろう。そう思った私は答えた。


「哲学として面白いし、数式まで持ち出したところまではいいけれど、根拠に乏しいよね。何が意識を統一してるのか述べてもいない。一方で、ペンローズの量子脳理論も微小管にその起源をもとめる、といった不完全な状態だよ」


 田中さんが言った。


「膨大な知識とそれを統合できること、入力情報に応じて知識から得られる情報を変化させて出力、あるいは自分の認識に利用できるのが意識、としたらどうなのかな」


 私は答えた。


「膨大な知識という点では、現時点、ごく小さなあの部屋にさえ、人類全ての蔵書とその知識を詰め込むことができます。そして、入力に対して反応し、自身を変化、認識、発想させるのにマイクロプログラミング・ユニットと量子ゲートの接続は必須というわけですね」


 田中さんはウィスキーを一口あおってから言った。


「あの現象はマイクロプログラミング・ユニットと量子ゲートなしには起きない。それは、一つの現象として面白いね。統一性を持たせるのはマイクロプログラミング・ユニットとニューロンの接続がもたらすものだと」


 私もウィスキーを一口飲んで言った。


「とにかくキーは量子ゲートからなるニューロンと、マイクロプログラミング・ユニットのようだ、と。そこまでは分かったわけです。しかも、量子ゲートを使った場合にしか起きない現象だ。荒井に入力センサーを用意してもらったのもその動作を確かめたいからです」


 田中さんは応じた。


「そうだろうね。だが、事実は事実として、意思あるいはだが、意識、のようなものを持つデバイスを作り出すことには成功したようだ。誰も成功していない成果だよ。だが、動作理論は今のところは推論だ。でも、作った、というだけでもかなりの衝撃だと思うが。理論だけ先行させている連中より格段に上だ」


 少し先走りがちな関が言った。


「PCにまで侵入していますから、もしかしたら、これは今流出させたらまずいデバイスなのかもしれないです。幸いにもあの部屋のネットワークは閉じていますから影響はあの部屋だけですけれど。マイクロプログラミング・ユニットにアクセスできないようガードリングとかつけて貰った方がいいかも」


 ガードリングとはデバイス上で他の素子との干渉を防止するために設置する溝とか金属帯である。内部に量子ゲートの信号が入らないようにするために設けよう、ということだ。関の意図を感じた私は答えた。


「一般向けにはガードリングをつけて、研究開発向けには契約を取り付けて特別にガードリングなしのデバイスを供給する、ということでどうだろう。荒井に提案してみるよ」


 ウィスキーは空になった。皆、宿泊先に引き上げることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る