第31話 デバイスの不気味な動作
ナノ・デバイスで待ち構えていた荒井が指紋認証し、皆は部屋に入った。石田先生はPCのディスプレイを見ながら唸っている。
荒井がまず言った。
「課題の最適化だけやりたい、という人もいるし、複雑な式のフィッティングをやりたい人もいる。だから、そういう専用モードを用意した。それはきちんと動作するんだ。それはそれで速く動作する。十分と言えばそうなんだがね。基本的なアルゴリズムも古典コンピュータより速く演算できることも確認した」
「それで問題は?」
私は聞いた。
「いわゆるニューラル・ネットワークをマイクロ・プログラムレベルで実現できるようにしたんだが、まあ、普通の問題に対しては通常のコンピュータのように動作する。例えばだ、学習の効果によってあるニューロン、すなわち量子ゲート群だが、それが別なゲート群との結合強さを変化させてくところ、なんていうのは実にうまくいく。つまり、言った通りのニューラル・ネットワークだよ。それは問題ない。全く同じ結果を石田先生も得ている」
「だから、問題はなんだと」
「それで、マイクロプログラミング・ユニットをニューラル・ネットワークに接続した。とたんに訳わからんのだよ。見ろ、石田先生が見てるディスプレイ、あれにゲートの活性状態とゲート間のつながりの様子が光の強さで表示されている」
ディスプレイには時間とともに広がっていく、光の明滅が表示されていた。
「マイクロプログラミング・ユニットはゲート同士の接合に関する部分だろ、ということは勝手にユニットを操作してることになるね」
「それだ、それなんだよ」
私はディスプレイを見た。ネットワークに加入する量子ゲートが続々と増殖し、勝手なふるまいを始めている様子が見て取れる。その数は更に時間の経過につれて増え、しまいにはチップ全体のゲートを占有し始めた。そこでも各ニューロン、すなわちゲートはあちこちで活性化したり鎮静化したり、結合同志も強くなったり弱くなったりしている。ディスプレイ上の点における明滅が繰り返され、ネットワークが勝手に増強されたり、既存のネットワークを壊し始めたりしている。確かに動作がどうにも変だ、私はそう思った。
「荒井君、石田先生、このデバイスにもう一つ課題を与えてみてくれませんか。荒井君、そういうの、できるのかな」
「できるよ、簡単だけど試したことはない。やってみよう」
「できれば外界の環境とか、そういうセンサーをくっつけて、それを入力にしてみてもらえないかな。なければこの室内のネットからこのデバイスに情報を流すだけでもいい。時間、かかるかな」
「回路の組み直しが必用だから一日待ってくれないか、センサーはできるだけ多く用意しておくよ」
「わかった。我々はどうしたらいいかな」
「君たちにできることと言ったら、ハードにも詳しい関君まじえて議論することくらいだ。ここにいてもいいし、宿泊先にもどってもいい」
「わかった。宿泊先でデータを見ながら考えてみる」
私達は頭をひねりながらもタクシーに乗った。
「どうせ宿に戻ってもデータはもう調査済みだ、少しだけ飲みに行こう」
私は言った。しゃれたバーにタクシーは横付けした。
関、田中さん、西田助教も賛同し、バーに入った。バーで私はウィスキーを注文し、各人もそれに習うようにウィスキーをロックで頼んでいた。私は少しだけウィスキーを口に含むと言った。
「あのデバイスの量子ゲートたちは、マイクロプログラミング・ユニットを乗っ取ったんだ。そうして、PCの中にある情報を解析して勝手にプログラミングを覚え、プログラムを変えて、自分でネットワークを拡大しはじめた。これ、どう思うかい」
「一つしか言うことはないですよ、先生」
関が言った。
「"あれ"は、そういう“意思”を持ってるんじゃないかと」
西田助教がごくり、とウィスキーを飲んだ後に沈黙が続いた。
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