第29話 荒井の成果

 いつまでたっても返答のない荒井にイライラした私は直接電話をした。


 メールなんてこの世界ではあり得ない。そんな、いつ読まれるか分からないもの、返答を期待してはいけない、のだそうだ。まあ、荒井の言葉だ。本当に、荒井からはメールの返信が来た試しがない。未だに電話だ。電話口で私はかなりきつい調子で荒井に言った。


「おい、荒井君、いつになったら検査工程が終わるんだ、あれからかなり経つぞ」


「悪かった。なにしろ始めてのデバイスだから、どこをどう検査していいかって、そういう視点を確定的にできなかったんだ。それに例によって、阿呆幹部どもの品質管理が、とか、そんなこと言い出しやがって。品質なんて後からついてくるんだ、壊れたら交換いたします、でいいじゃないかよ」


「君の苦労は分かるけども、欲しいものは欲しいんだ」


「分かってるって。検査工程を完成させて、検査を始めた。ロットは明日から出荷できる。ウェハアウトがものすごくなっちゃって、何が品質管理だよ、馬鹿野郎。おかげで歩留まり一パーセントになっちまったぞ、これホントに頭にくる」


 ウェハアウト、とは不良品と判定された製品を捨てることだ。大変な歩留まりロスになる。品質を上げるほど出てしまうから、初期製品ではそこそこにしておくべきものである。品質は時間とともに向上する、だから、交換で済むのであれば荒井の言う通りであり、交換しなくても単なる電気的な書き込み処理だけで済むこともある。


「おい、武田、直接、取りに来るか?」


「いいのか?」


「こんなデバイスだし宅配では心配だろう。もう、パッケージングもすぐにできる勢いでやってるから、明日で完成、後の工程は同じフロアでやっちゃうから。持ってけよ」


「いいこと聞いたよ。で、きちんと動いたのか?」


「そこが問題なのさ。既知のアルゴリズムに関してはきちんと動作する。量子アニーリングには別モードで動作するようにした。で、問題となるのはニューロンを作っていくと不可解な挙動がたくさん出てきて理解不能なんだ」


「どういうことだ?」


「はっきり言うが、分からない。だから、オマエの力が必要だ。それこそ、こころとは何か、というところに迫ってるのかも知れない。とにかく分からない挙動をするんだよ、これだけの量子ゲートを組み合わせてニューロンを模擬すると」


「それは私にとって朗報だよ、研究のチャンスだ。わかった、明日そちらに行く。みんなで行くぞ」


「まかせておけ、こっちで実験してもいいぞ。関、あいつは絶対にキーになる男だ。あいつだけは連れてこい、忙しいから切るぞ」


 荒井はプツッと電話を切った。いつもの調子で連絡が終われば挨拶もなしに切る。


 私は関に言った。


「関君、どうやら、君の出番だ。こころ、の探求が実現するかもしれないんだ」


「是非。今から手配します」


「もう、秘書に頼んだ。だから、必要ない。それよりも、ツールとかそういったものを用意しろ。それから、田中さん、西田先生もだぞ、全てのデータをPCに入れて暗号化しておいてくれ。これは一刻を争う。今から寝ろ、明日の最初の便でナノ・デバイス関西に行く」


 私のあまりの勢いに、各人は驚いた。西田助教が心配げな表情で言った。


「ただ、明日は医学部との打ち合わせがありますが」


「知るか。医者はほっとけ、午後の授業も休講にしろ。それよりこっちが大事だよ、そうだ、電気屋だけは連れてきてくれ。私たちだけでは回路が組めない。そうだな、西田先生、電気工学の石田先生を説得してくれ」


「急遽になりますが、説得してみせます」


 慌ただしくなってきた。

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