第28話 プロジェクトの糸口

 大学に戻ると、さっそく実験結果の分析を皆で解析した。総がかりで解析しているうちにあることが判明した。


「脳内の分配された各所が活性化している。だが、その発端はいつも同じ場所だ」


 と私が言った。西田助教がいった。


「それは、いわゆる意識の座、というものですかね」


「いや、そうは言いきれない。なぜなら、その発端となる場所にも分散が見られる。しかも例外となる事象が多くある。脳卒中患者についてもデータがあるだろう、あれを見てみよう」


「すぐに出ます。どうぞ」


「ほら、やっぱり。違った部位が活性化している。彼らは障害のない脳と同等の動作をすべく他のニューロンが活性化しているようだ」


 そして、田中さんが妙なことを言いはじめた。


「つまり、普段の脳はそこを使って、発想の発端を引き起こしている。だが、脳障害があればそこは異なる。それはつまり、使えるニューロンが異なるからだ。どの脳細胞にも、同じ能力があるはずだが、より有利で手が空いてる部位が使われているにすぎない、ということさ。例の脳地図、あれ今ではほぼ否定に近い状態だろう。自然にはそれに近くなるのかもしれないが、脳は代替機能をたくさん用意してるのさ。


 だから、隔離タンクでDMNの動作を抑制されると一気にそれが活性化する。つまり重力の解放によって脳には発想なるものの余裕ができる。だから、様々な現象を引き起こす」


「それは説明力がありますね。リハビリテーションで元の能力を回復する患者もいます。でも肝心な発想の部分ですが……」


 関がそう言った。私は答えた。


「そこは量子論で説明できるかもしれない。かもしれない、というのはまだナノ・デバイスの試作品が届いていないからシミュレートできないんだ。もし、多数のニューロンが、量子力学的に結合されているとしたなら……」


「それは面白いですね。デバイスでもシミュレートできるかもしれません。ある決定、判断には量子アニーリング的に動作して、迅速な判断に寄与する。右にいくか、左にいくか、そういう判断をある部位のニューロンが活性化して、論理回路にまで誘導する」


「面白い仮説だね。実証が必要だが、残念ながら人間の脳は使えない。しかし、それに匹敵するデバイスがもうすぐ届く」


 さらに私はつづけた。


「非常に面白い実験ができるかもしれない。私は嫌がっていたが、こうなれば仕方ないね。電気工学とか、医者とかも巻き込もう。すでにナノ・デバイスとウチの提携で大騒ぎだ。AIに革命をもたらす、とさえ言われてる量子アニーリングだけではなく、各種の計算がもし、量子力学的にされていたとするなら……」


「まさにイノベーションです。ナノ・デバイスも躍進し、私たちの研究はAI研究の中心になってしまうでしょう」


 関は興奮気味に言った。すでに手を付けている米国のITを追い越すかもしれない、そういう一大分野になってしまった。


「荒井には早くデバイスの検査工程をやってもらおう。そうすれば、いつでも好きなだけデバイスを使える。単なるシリコンの単結晶から意識が生まれるかもしれない、そういうストーリーだね。そう、巡回セールスマン問題でもデモンストレーションしてみようか」


 私はそうはいったが、少しだけ醒めていた。こうなってしまうと、自分の役割は完全にマネジメントだ。しかし、あと半年少しだけの辛抱だ。また新しいことでも見つけよう、そう思うまでになった。もう五十を過ぎた。少し疲れてもいる。

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