第27話 敵が撃つ前に撃て

 宿泊先で関は言った。


「速さは力、相手が撃つより前に撃てですか。本当なんですかそれ」


 私は答えた。


「本当だ。第二次大戦で戦闘機のエースが言った言葉だ。弾を先に撃てば相手は回避しなければならなくなる。回避に気を取られた敵には逃げることしか頭にない。続けて弾を撃てば、いつかは当たる。ビジネスに話を戻すのなら、素早い判断とタイミング良い巨大投資だよ。つまり弾だ。それに失敗した会社はこの市場から去るしかない」


「おそろしい世界ですね」


「ああ、それが当たり前の世界で生きてきたのが荒井だ。まだ、会社にいるころも尋常ではなく電話がかかってきたよ。それも夜中だ。明日までにエンピツ舐め舐めでかまわないから答えを出せ、とね。


 別に間違っていたってかまわないんだ。少しずつでも正解に近づけば。他の業界とは違うかもしれない。だが、そういう生活を送っていると疲れるから五十で引退がごく普通だ。生涯賃金なんぞあっという間に稼いでいるから」


 荒井から電話がかかってきた。


「おい、武田。目処がたった。量産は前倒しだ。それから、占有的使用は武田に認めるが、それは半年ということにしてほしい。専属でやってもらって、羨望を集めてるうちに、ラインを増設する」


「またか。まあ、君の無茶にはさんざん付き合わされてきたから、今回も付き合うよ。なりいきもあるし」


 いつもの調子であったが、見ていた関、西田助教は唖然としていた。ものごとがあっという間に決まる。それが、この世界というものなんだ、わかってくれ。


「西田先生、関君、このとおりだよ。田中さんにも頼んでおくから、この半年は必死になってやってくれ。少しだけでもいいんだ。たとえ、さわりだけでもデータがとれたら、即発表、そういうことになる」


「そんなのいいんですか?」


「そういう世界だ。一兆の投資を一晩で決めなければならない、それをやってきたのが坂田さんだよ。もう動いているはずだ」


「この深夜に」


「深夜もへったくれもないのさ。向こうの人たちはそうやって、生きるから疲れちゃうわけだよ。そのかわり凄まじい報酬を貰っているから、五十になればやめちゃうのさ。君たちもそうしたければ、そういう口もあるが」


「いや、僕らはまだ日本で」


「そうか、まあ人の選択肢だからね」


 そう私は言うと、スケジュール表に線表を書き始めていた。頭を巡らせ、誰が何をして、いつ誰に会うかも書き留めた。そんなことをしているうちに夜は更けた。


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