第25話 私の決意

 「みんなが、今まで大量のデータに対する統計処理が“人工知能”だ、と宣伝することに正直、自信がなかったんだよ。ニューラルネットワークとかいったって所詮、50年前のデータ処理技術だろう。本当に知能や感情を機械にもたせられるかもしれない、という示唆が受けたんだろうね。それに、あの強烈なデバイスだ。しかも日本発、こんなの数十年ぶりだろう」


 関が答えた。


「そうですね、あれは経済紙に出てしまいそうです。私達もかなり張り切ってますが」


「逆にね、私は妙な脱力感があるんだ。わるいけどね。というのも、この研究は本当に小さくて構わない、と思っていて、巨大産業と先端学者が群がるような舞台ではないと思っていたのさ。そう、私は純粋に小さな研究をしたかっただけなんだ」


 そこに、西田助教がわって入った。


「いや、先生、ここで研究をやめるとかおっしゃらないでくださいね」


「やめるつもりなんかない。だが、私が表舞台にしゃしゃり出るようなところではない、とは思っている。仕事は続ける。だが、マネージャとしてこの年度をやり遂げたら、大学を辞める」


 二人がずいぶんと驚いて、私を止めようとした。


「そもそもが、先生の発想で生まれた技術的土台ではないですか、それをなんでまた」


「だから、しっかりと土台は築くよ。だが、そのあとは頼んだ、とそういうことだ。西田先生はおそらく、この業績でどこの大学でも教授格だろう、関君も即博士号授与、どこかの准教授あたりになるだろう。私大なら教授だ。君たちにとって悪い話ではない」


「いや、そういう問題ではなくて」


「そういう問題なのさ。最初は私が何をしたかったのか、ということを思い出してほしい。純粋に“こころ”とは何か、知りたかっただけなんだよ。当然、そんなに成果は出ないはずで、だから小規模な研究形態で始めたんだ。まあ、この話はここだけにしておこう。周囲の関係者たちのやる気をそぐことになりかねない。だが、荒井は分かってるはずだ」


「そこまで、先生が思い詰めてらっしゃるのでしたら……」


 私達三人は無言で発表会場の大学をあとにし、宿泊先に着いた。買ってきたウイスキーを開け、コンビニの氷をやすっぽいグラスに入れロックにした。私は静かに笑みを浮かべながら二人と乾杯の目くばせをした。


「先生、それでいいんですか? 何度も聞いてすみませんが」


「いいんだ。名誉とかそんなもののために生きているわけではない」


「そうですか」


 そう言って、関は一口ごくりとウイスキーを飲んだ。


「君たちも分かっているだろうが、研究とかそういったものには流行がある。一昔前ならこの生物学科ではクローン技術とかバイオ関係だよ。今は情報学者たちが“人工知能”という言葉をこしらえて、その挙句に行き詰まりそうになっていたわけだ。米国なんかは早期に気づいていたから、量子アニーリングとか始めたんだよ。それがなかったら、この種の研究も急速に流行が収束して実用化できる自動車とか電話オペレータとか、そういう即物的な技術に用いられていたはずさ」


 西田助教もウィスキーを飲んで言った。


「ええ。DNAの研究もそうですが、後になってからジャンクDNAは実はジャンクじゃないかもしれない、とか言われて慌ててる人たちもいますしね。解析済みのDNAはわずか数パーセントなんて口が裂けても言えないでしょう」


「そういうやつらは逃げ足が速いんだ。ああいうのを見てると本当に吐き気がするよ」


 私は絞りだすように本音を言った。


「だが、君たちには見込みがあるし、この発見を土台に跳躍しよう。明日は、ナノ・デバイスに行く。頼むぞ」


 西田助教も少し落ち着いて言った。


「わかりました」


 関もうなずいていた。

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