第24話 学会三連弾における議論

 学会の開催地域は関西地区であった。毎年、関西圏と関東圏を交代にして開催している。ナノ・デバイスの工場は関西地区にあり、坂田、荒井両氏も聴講する。発表会場が近いため、ナノ・デバイスにも寄る。関東からは泊まりだ。発表は西田、関、私の三人が無理を言って連続して発表させてもらうことにした。学会担当者の恨み節がすごかった。


「武田先生、これ、特別ですからね。反響がある程度ないと、たたかれるのは先生ですよ。それでかまわなければ10分を三人で担当してください。質問を最後に15分とりましょう。ですから30分プラス15分です。今回は会場広いです。どんな人来ても知らないですよ」


「わかってるよ、君に言われなくたって昔からこういうことすると非難されるってことくらい。それくらいの衝撃を与えてやるから心配しないでくれ」


 発表は昼すぎからであった。関は緊張していたが、会場の連中は阿呆の集合だと思え、と言って緊張をとくのに腐心した。


 講演がはじまった。西田助教が淡々と実験設備を説明していく。結論として、重力と視力を取り除くと視覚野と周辺に何か起きるようだ、というところまで説明し、関に交代した。関は重力が感じられない状況では、DMNの回路に何らかの異変が起きる、その兆候もつかんだことを説明した。そして、最後にその何かの異変について、私が研究室代表として見解を述べた。


「つまり、余裕の生じた脳では、脳を支配する意識下で過去の記憶を呼び戻そうとすると、その部位が活性化することを示しています。様々な脳卒中患者のデータから、どうも統合的に“ある部位”が記憶回路と結合されており、なおかつ何らかの連想を引き起こすようです。ここまでは確実だと考えています。


 で、その何らかの連想、とは何故起きるのでしょうか?」


 会場にといかける、一種の話法である。若い人がやれば顰蹙を買うこと間違いないが、とりあえず何の反応もなく無難に済んだ。


「私はそれこそが、“こころ”の特徴と深く結びついていると考えています。勿論、検証はこれからいたしますが、あくまでそのような説を考えている、ということです。ここで、私共は同時に現時点のAIでは成し遂げられていない、人間の“発想”との結びつきがあるのではないかと考え、ナノ・デバイスと協力して量子デバイスを開発しています」


 ここで、会場からのしゃべり声があちこちで発生した。ナノ・デバイス? あんな会社、何ができる、量子デバイスなんか量子アニーリングで米国AIが先行してるだろう、といった声が聞こえた。


「なぜ、量子、と思うかもしれません。でも、米国でのAI研究を想い出してください。彼らはとうに現状のAIでは壁にぶち当たることを予測し、量子アニーリング・デバイスを取り入れています。なぜ、とりいれたのでしょう? それは、例えば人が目的地に行くまでに右に行ったら良いか、左に行ったら良いか、といった最適化の問題を瞬時に判断できる可能性があるからです。まさに、それこそが一つの発想ではないかと」


 さらにどよめきが広がった。


「さらに言うのなら、量子アニーリングは単に高速に最適解を判断させるための道具にしか過ぎませんが、現在DMNで我々が突き止めた脳の部位が、そのような判断を、道を右か左か、といった単なる一つの最適化問題ではなく、脳の汎用的な問題に活用しているのではないかと考えたからです。


 しかも、量子デバイスは重ね合わせの原理によって、従来のブール代数では不可能な、ゼロから一までの値を同時に演算することができます。量子ゲート、あるいはゲートで表現されるようなスイッチでなくても良いのですが、それを増やしていったら、さらに不思議な現象が起こる可能性もあります。つまり、そこにこそ、何らかの“意志”たるもののつけ込む余地があるのではないか、もっと大胆に言うのなら、我々の“こころ”で起きている様々な発想とは量子力学と深く関係しているのではないか、ということです」


 会場は騒然となってきた。情報系の知り合いが大声で議論まで始めている。


「そこで、我々はナノ・デバイスの開発した強力な素子を利用して、その検証に踏み切ろうとしています。どれほどナノ・デバイスの素子が強力かというと、米国で実現するはずの素子より、さらに10倍を超える量子ゲートを組み込んでいることです。これで、ニューロンを模擬したらさらに興味深い結果が得られるはずです。


 皆様には申し訳ないのですが、このデバイスは日本と米国にまたがるナノ・デバイスでしか生産できず、生産できるデバイスの数もあり、当分の間は独占的に使用させてもらうことにしました。結果はまだ出ていませんが、遠からずこの場で発表します。それをもって、彼らのデバイスは皆さんのお手元に届くことになります。


 なお、ナノ・デバイスが昨日午後十五時を以て発表した、資本提携は日本資本と米国資本によるデバイス共同開発計画に関するものです。株式市場への影響を考慮して、昨日の段階での発表でしたが、具体的な内容についての説明、つまり我々の発表が本日午後にずれ込んだことをお詫びします。以上です」


 座長が仕切り始めた。今ごろ坂田氏はきっと経済誌に取り囲まれているにちがいない。


「質問は多数あるでしょうが、挙手をお願いします」


 質疑は長く続いたが、まだこちらに決定的な結論もないため、量子デバイスを使いたいという表明が相次いだ。AIと量子デバイスとの関連はここしばらく注目されていたが、最適化問題以外に使える汎用量子デバイスが実現するとなると話は別だ。


 私は、小さな研究を目指してきたが、最初の目論見とは反対に、ついに巨大な研究になろうとしている。しかも、研究者として働く幕などなくなりそうだ。自らまいた種が生長し、やがて自分が収穫者として働かねばならない。次の種からの発芽を見守る役は私ではないようだ。


 発表が終わった。私は西田助教と関に言った。

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