第23話 再びプレゼンテーションへ

 私は夏にかけて、雑事に追われることになった。晩夏に学会だが、実験どころではない。そちらは西田助教、田中さん、関が担当している。発表もまかせよう、そう思えるレベルだったので。役所関係は学長への直訴もあり──またこれが関係者にたらい回しにされ大変であったのだが──認めてはもらった。とはいえ、自分でなんとかしろ、という内容の重々しいハンコがつかれた念書を渡され、カネはもらわない代わりに民間主導で進めることにし、文句を言わない、と確約させた。


 ナノ・デバイスは当面の資金繰りに心配はないようであったが、一緒に出向いた坂田氏の話では「ああいう会社が、自分で危機的だと言うはずがない」と言ってもいた。


 それからある日、ふらりと坂田氏がやってきた。挨拶もそこそこに坂田氏は言った。


「あの工場の空いているフロアで試作できたみたいだ。それから投資話だが、まあ五〇パーセント認めたら御の字、こちらもそれでいいだろう。例のファンディングだが、公募形式ではあるが、もう手は付けている。クラウド的に業界を網羅しなくても、某印刷会社、化学会社数社連合でいけそうだ。彼らも今の事業では先が見えなくなってきて、新事業がほしいのさ。で、荒井君から聞いたかい?」


「まだなにも」


 坂田さんは言った。


「もう、基礎デバイスを作ってしまったそうだ。それも、シリコン基板を使うから、今までの装置を流用できる。これは画期的だよ。しかもすでに1000ゲートまで集積していて、次の試作では100万ゲート以上だとさ。米国のライバルが発表した妙にウソ臭いロードマップ発表より1年以上先行、集積規模は10倍だ。量子アニーリングだろうが、ゲートを使った量子ロジックだろうがどちらもできる。画期的だよ。まだ、ナノ・デバイス米国本社でも数人しか知らない機密事項だ」


「それはすごい。コストもさぞかし・・・・・・」


「従来のシリコン用装置を使うから殆ど同じ。だから、秋葉に売ってるような価格にもできる。相手の出方次第だけどね。このビジネスは、チキンゲーム、いやポーカーかな、欺し合いなんだよ。相手が手札を持ってるかどうか、持ってないと確実視できるなら、ある日、突然市場に出して、バカ高く、あるいは逆に法外もなく安く売るんだ。そうやって、相手を破綻に追い込む。そういうもんなんだよ」


「やられた日本企業、たくさん知ってますから」


「すでに簡単なアニーリング・ソフトもできていて、周辺はPCの部品と同じ。だから、即ウリもできる。ビジネスとしては成功する。ま、武田君には面白くない話かもしれないが」


「いや、それの動作とこちらの実験の比較が早くしたい。荒井に会えますかね」


「今、空いてるフロアで製造開始の準備だから忙しいだろうけど、君には会いたいはずだよ。学会のついでに行ってみたらどう?」


「ええ。是非にでも。学会発表は来週なんですが、坂田さんは?」


「俺は、だって、半分引退の身分で、口出しだけだもの。暇だよ。チケット手配した?」


「ええ、当然、全員で行きます」


「分かった。絶対に機密は漏らさないでね」


「ええ、分かってますよ。漏れた途端に、人の引き抜き合戦が始まって泥仕合ですから」


「でもね、荒井君に託されたスライドショーのファイルがあって、学会で紹介してほしいそうだ。君は話し上手だから、うまいこと今の実験とつないで話してほしいらしい。勿論、核心部についてはなんにも書いてないよ」


「ネットは危ないから、ということで、手渡しでコレね」


 そういうと、坂田さんはフラッシュメモリを私にわたした。


「武田君、じゃあ来週は山場だ。がんばろう」


「有り難うございます。また」


 ことが進展しはじめた。はやく、実験との整合をつけたいが今はもう間に合わない。手を付けたという発表で十分だろう。

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