第22話 実証的な結果

 荒井はその後、自社の社員を連れて数カ月ほどナノ・デバイスに入りびたりになることになった。あまり会う機会もない。


 こちらの研究室では、荒井から関に始終電話がかかってくるだけで、あとは着々と研究を進めている。こちらの研究室での現段階の成果は感覚遮断状態で視覚野が時として活性化すること、それを自覚する存在があること、過去の記憶との関連が証明できただけだ。


 田中さんは必死になって、データを関と分析しまくっている。被験者は研究室の全員、それを西田助教がまとめ、論文、発表で宣伝する、という分業になっている。


 ある日、田中さんが個々のデータを並べて比較し、スイッチの押される瞬間における脳の活性化部位を見て、ある発見をした。かならず、脳のある個所が反応しはじめ、それが連鎖して視覚野の活性化に至っている。経路は記憶に関連する各部位、海馬、一部の運動野におよんでおり、田中さんは共通するパターンを見つけ出した。


 それを発見した、ということで論文を書くことも発表もできるが、なぜ、という考察が足りない。しかし、きわめて今の装置では分析が難しい。仮説として挙げられるのは重力処理を担当している運動野が健康な人でも活性化の引き金を引いているのではないか、という推定ではあるが、既に関連論文がある。脳卒中患者では重力に対抗して姿勢を保つのに運動野の一部が利用されている、というものである。一方、ウツなど精神疾患を持った人では妄想が多く、あくまで健康な脳でないと良好なデータはとれないようであった。田中さんは言った。


「もしかしたら、だが。従来言われていた通りDMNには複数の経路があるが、重力に関する部分を開放するだけでも記憶回路を活性化する別な働きをしだすのかもしれない。脳卒中患者の例はそれを証明する。一方で、精神疾患を抱えている人はその部分自体に問題があるのかもしれない。だから信号伝達の電線として利用はされているのだが、妄想を誘発してしまったり、といった問題が生じているのかもしれない。これはこれで、発見だ。学会は西田君に任せて、もう少し探求したいところだが、ハードの限界ってものもあるしね」


 私は言った。


「ハードですねえ。この環境でしょ、この鉄箱の中に液を入れてMRIなんて厳しいですよ」


「いや、今は仮説でいいんだ。もう少し分析を続けてみよう。だが、これで重力説はほぼ裏付けられた、と言っていいだろう。あとは普段は記憶に関係していないはずの神経がどのような働きをしているか、ということだ。そこは考察レベルでいいじゃないか」


「ま、そうですよね。西田先生、これ、シリーズ三連発で学会発表しないか」


「ああ、よくあるやつですよね、その一、その二とかして連発で数人が発表するやつですね。よほどの成果でないと批判も多かったりしますけれども、まあこの結果ならいいのではないでしょうか。それで三発目で考察をかます、ということで」


「夏の学会はいつだろう、それからたぶん、荒井君のハードが間に合わない。その辺りの理論的接合は説明できないだろうな。関君、荒井君の方はどこまでいってるんだ?」


「会社設立に時間がかかってしまって、ナノ・デバイスの幹部は納得なんですが、役人たちがうるさいみたいです。純国産技術でないと、とか。ようやく機器でデバイス構造を変えながら動作検証しているみたいです」


「まだ、時間かかりそうだな。荒井は驚異的に仕事が速いから、最初の一歩が進みだせばいいのだが」


「まあ、ハードは今回はなしで、学会はそれでいきましょう。そこで、また一発かまして武田先生に特別講演依頼でもさせてもらって」


「もう、ああいう講演は飽きたからね。君、やる気あればやっていいよ」


「いや、だって私は駆け出しの助教ですから、何言われるかわかったものじゃないです」


「そうか。そうすると、良く考えてハードができたら、生化学か情報系で講演だね」


「ええ、すでに米国大手AIは、やりはじめてるらしいですよ。日本の役人が知らないだけです。すでに遅いくらいなんです」


 そうか。これは何とかせねばならない。役人は好きではないが、荒井に期待をかけて役人も説得だ、そう考えた。


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