第21話 戦略

 私は当初から小規模な実験をして、それで意識というモノが何か漠然とでもつかめればそれで良い、と思ってきた。だが、流れが変わってきてそうも行かなくなってきた。良く考えて見れば当たり前で、人間の意識、なんていうものは誰にも解明できていないのである。その上、AIもどきが台頭して、荒井に言わせれば、「あんなものニセモノだ」ということになる。荒井は派手な打ち上げ花火のついでに、日本の製造業再興まで狙っている。だが、学会の仲良し会主催のわけ分からない線香花火より遙かにましだ、と私にも思えてきた。あいつらときたら、群がってカネをむしることしか頭にない。荒井はそんなことではなく、純粋に技術のことを考えてやっている。そこが違いだ。


 確かに荒井の言っていることはもっともで、さすがに量子デバイスの基礎を考えただけのことはある。しかも、それを意識と結びつけよう、というのが目標になってきており、なによりデバイス開発までやらねばならない。だから、大規模な研究にならざるを得ない。私は半ばあきらめ気味に思い、かつ研究者としてよりマネージャとしての資質が問われていることを改めて認識した。


 坂田さんと荒井とは新宿の小汚い料理屋で、夕方に待ち合わせした。夏も近くなり、喉も渇いた頃でビールでも飲みたい気分だ。それは三人とも同じようだ。私は言った。


「坂田さん、この間の件は大変でしたね。一人の失業者も出さないという手腕には恐れ入りました」


「まあ、そのかわりに米国資本になってしまったよ。役所とか新聞屋、銀行はもうこりごりだ。あと半年待てば巨大利益を手にすることができたのに。何にも考えてない」


「まあ、席は用意してますからそこでビールでも飲みながら話しましょう」


「ああ、いいよ。私は田舎育ちだからこういう店は好きだしね。まあ、そんなことより荒井君、デバイス開発の目処ができたっていうそうじゃないか。立派なモノだが、これからが勝負だね」


「ええ、それでお願いがあるんですよ。ですから一席と思いまして」


 それからはしばらく、坂田さんのグチを一通り聞いた。誰がどうみても二年持たない会社を十年以上、綱渡りのような巨額投資で存続させた男である。グチにもそれなりの知恵が詰まっている。


「要するにだ、あのクソ銀行が少しだけ待てば話は全て丸く収まったのに、平気で取り立てしやがって、腹立つなあ。今回は大銀行ではなくて、別な投資プランを考えているよ。それにはまず、荒井君のデバイスの実証が必要だ。機器は貸す。俺があそこに行けば話は通じるから」


「親会社、米国資本のナノ・デバイス、どうします? 今は黒字で調子いいみたいですが」


「あのやり方だとね、日本の工場に全て稼ぎを出してもらわないと成り立たないんだ。だから、買収したんだよ。そう簡単に株を手放すとは思えない。だが、来期以降はまたスマホの売りたたき状態になるはずだから、財務の弱いナノ・デバイスは、最悪、資金がショートする。戦法としては、最初、荒井君たちはナノ・デバイスと日本の資本で小さな研究開発専門会社を作る。実用化目処が立ったら、それをナノ・デバイスに売り込むと同時に資本参加だ。それが手っ取り早い」


 荒井が不安げに言った。


「なるほど。でもお金はどうやって集めますか」


「もう銀行はこりごりだ。あいつらは阿呆の集団と化している。この分野に興味のある異業種が実はたくさんあるんだ。そこに、一種のクラウド・ファウンディングを持ちかける。普通のクラウド公募ではなくて、上場会社に共同出資してもらえますか、それならいくら出しますか、という手法だね」


「化学メーカ、光学機器メーカに作りたくて仕方がないところがある。製薬会社もいいね。そこに、売り込みだ。奴らはデバイス製造用品だけ買いたたかれて、相当ストレスがたまってる。そこに目を付けよう。勿論、荒井君の研究が軌道に乗るまでは言い出さない。機器は言ったとおり、ナノ・デバイス日本支社の関西工場がいいだろう。あそこは最先端装置があるから」


 荒井はまだ不安げなようで、さらに知恵を借りたいようだ。そしてまた言った。


「政府の支援とか必要になりませんかね」


「だめだって、これだけのカネをすった私に貸してくれるわけないし、そもそも業界というものを知らない。あくまで民間主導だ。それと、目標は日本法人の五十一パーセント株式取得だが、五十パーセント、あるいは三十三パーセントでもいい。とにかく主導できるだけの株を集めよう。ナノ・デバイスは五十一では嫌だろうな。お互いの合意の上での出資、という形にしたほうがいいだろう」


 荒井は言った。


「戦略としてはいいかもしれません。私も米国はあんまり好きではないと公言してるものですから、その辺りは自重します」


 そして続けた。


「できれば、日本法人の社長は坂田さんにお願いしたい、と思います」


「考えておくよ。年も年だしね」


 その日、荒井も私も穏やかに話をすることができ、無事に解散した。荒井は実験の計画をぶつぶつと電車の中で呟いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る