第17話 荒井との再会

「君らしくもない、なんでまた個室の料亭なんかに」


 荒井は言った。


「いいじゃないか、荒井君だって随分と苦労しているだろうし慰労会という意味も込めて」


「そうか。そういえば、昔から大体、居酒屋だったね。まあ今日はこちらも言いたいことがたくさんある」


「紹介したい人物を連れてきた。若い男が関という。うちの学生さんだよ。君にずいぶんとご執心だ。それから助教の西田君だよ」


 両名はぎこちなくではあったが荒井に挨拶した。荒井も悪い気はしないらしく、にこやかに挨拶にこたえた。最初は静かに飲んでいたが、荒井の飲む勢いが速くなり、だんだんと語調があらくなってきた。勤め人を辞めた当時の怒りが戻ってきたみたいだ。


「大体、日本の経営者っていうのは、昔は立派だったかも知れないが、今はなんでまた阿呆ばかりいやがるんだ、おかげで俺の大戦果は台無しだ。あの会社も傾いてるから、それは自業自得というやつだろう。なんでまた、世界最大だったあの会社が底辺にいるんだよ、理解不能だよ。経営者の無能としかいいようがない」


「そう、荒れるな。どうせ、次世代のAIもまた米国と台湾にやられるだろうが、一矢報いるつもりで、こういう若い人を連れてきた」


「いいから、武田、俺の話も聞け。あのケツの穴の小さい経営者ども、製造技術から最先端のクソ高い装置から片っ端から台湾と韓国と米国に売りやがった。赤字出すとこの業界は大きいから、経営者はハナからしり込みだ。だから、俺が開発したものなんて作れやしないんだ。ごく限られた日本のメーカーに売り込むことはできるが、奴らだって目の前のゼニ拾いに目がくらんでる」


 私はちょっと危なげな荒井を止めた。


「おい、酔っぱらいすぎだよ、若い人もいるんだから」


 しかし、荒井はやめない。


「おう、関君とやら、君はなにがしたくて俺と話しがしたいんだって?」


「ええ、僕は、実はペンローズの量子脳の本とか、それに対する批判、量子コンピュータの可能性についてまで考えたいんです。ペンローズの結論には反対ですが、それでもそれに至る考えは魅力的です。ただ、微小菅に量子論を適用、というのは納得できません」


「微小菅なんぞ、他に量子効果が効くだけのものが目に入らなかったから入れただけだろ、あんだけ有名な人なのに。25ナノもあるでかい微小菅に心があるって、何考えてんだよ。今時のスマホチップの素子だってそれより小さいぜ。そのくせ古典的なデジタル・ロジックで動いていやがる。そのあたりも、もう少し俺が研究してれば日本で開発されたのに、バカなやつらめ。関君、君は気に入った、なら、もうちょっと俺の話を聞かないとならん」


「やめとけって、シラフの時に真面目な話をおしえてあげてくれよ、荒井君」


「武田、オマエはいいやつを捕まえた。そいつに教育するのが俺の役目だ、酒飲んでいたって頭は正常だ、もっと日本酒頼め」


「しょうがないな、あとお銚子一本づつだね、お姉さん、申し訳ないが例のやつを三合ほどつけてくれ」


「でな、関君、量子コンピュータは未だに『実現』されてないんだ、純粋な意味では。できたとかホラを吹く阿呆もいるが、ウソっぱちだ。デジタルコンピュータの嫌なクセが出ている、俺は古典的ブール代数なんて大嫌いだ。古典ブール代数なんて使うから、たくさん状態を用意して、時間をかけて計算しなけりゃならなくなるんだ。ついでにあの大ボラのAIとやらもだ。どこが知能だ、ウソつくんじゃない。俺は固体デバイスで集積化量子コンピュータを作る一歩手前までいった。どこが、量子コンピュータの優れているところか? 言えるか?」


「一般的には困難な並列化計算したのと同じ効果が原理的に得られる、とかそういうことですかね。ほぼ無制限にある計算機資源を使うのと同じ効果が得られるかもしれませんし。仰る通り、古典ブール代数ではたくさんのメモリを使って多数の状態を表わさないと計算もなにもできません」


「メリットはまずはそれだ。状態を1と0に、はっきりと分割しない、1から0までの確率的な分散を持つからこそ、干渉させて多数の状態について同時計算ができる。まあ、どうやって干渉させた結果を数式と結びつけるかは別問題だが。それだけじゃあない、人間の頭の中でさえ同じことが起きてるんじゃないか、と俺は思ってるんだ」


「やっぱり。僕はなんとなく、そう感じただけなんです。でも冷却が必要だとモノの本には書いてあります」


「だから、奴ら米国人は阿呆だっていうんだ。阿呆な奴らがいくらコンピュータを並べたって、バカ高い磁気共鳴なんぞ使ったって、永久に人工知能なんてできるわけがない。どうせ、日本人の考えたこと、またパクってオリジナルです、とか言って商売しやがる。なんか、頭がまわらねえ、ちょっとそこらへん、語るには酔っ払いすぎた。さすがに“武田先生”の忠告通り、そいつの講義はシラフの時にさせてくれ」


「ええ、いつでも」


「関君も、まともに取り合わなくていいから。酔っぱらってないときの荒井君は非常にまじめで品行方正なんだが、酔っぱらうと悪口だらけになる」


 荒井の米国嫌いは相変わらずだ。特許裁判などを経験して、嫌な思いをしたからのようだ。西田助教と私は呆れたまま、様子見をしながら少し酒をすすった。西田助教に目くばせをして、勘定をたのんだ。このままだと、仕事を奪われた米、台、韓の業界に対しての恨み辛みを語られそうだ。


「で、荒井君はどうするつもりなんだ。デバイスを作ると言ったって、日本でやれるのかい? 酔っ払いすぎで答えられないかもしれないが」


「あてはあるって、某大学にはまだ装置があるんだ、あれをつかうつもりだ。まだ、理論固めが十分じゃあないが、俺は理屈なんぞ後からでいいんだ、ブツができればそれでいい。理屈は関、オマエが考えろ、そうしたら業界の英雄だが、カネもうけなんて考えるな。カネ、カネってバカ銀行のおかげで片っ端から最先端工場をぶっつぶしやがって、脳みそが腐っとる」


 だいぶ荒井が荒れてきたところに雑炊が出され、お勘定も来た。雑炊をすすり、店を出ることにした。荒井とは再開の約束と、大学への訪問を約束した。どうせ、忘れているに違いないので、西田助教のメモに空いている日取りだけ書かせた。関には当分、DMNの研究をさせ、荒井の考えでも注入してもらえばそれで将来的な発展も見込めるだろう。

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