第16話 学会の成果

 思ったより、学会の反響は高かった。その後もメールによる問い合わせが多数あり、処理に追われた。多くはリリーを知らない世代の研究者からであった。同じ学会で発表した中で人体を金属で囲んで隔離を試みたチームがあったが、彼らも狙うところは同じであったようだ。彼らからも連絡があり、私たちの研究の方が効果は大きそうだ、と認める内容であった。どうもリリーの研究については知らなかったようだ。


 そのほかにも、電機メーカーで思考回路を研究していた荒井という男からの問い合わせがあった。荒井のいた会社は当時、世界最大級の半導体メーカーであったが、記憶用半導体を放棄したのと同時に荒井は会社をやめ、個人的に会社を立ち上げて研究しているらしい。世界初の固体量子デバイスを開発した後、どこに行っていたのか行方がわからなかったが、そういうことだったのか、と思った。関にはコンタクトリストに入れてもらったが、かつては酒宴で語り合う仲であったし、いつでも会うことができる。


 直近でコンタクトしたいのは、医療関係者だが医療機器の専門家でもかまわない、そう思っていると、思い当たる人名があった。田中という男であり、機器での協力ならやりたいし、成果については直近では特に問うつもりもない、と語っていた。ただ、宣伝材料としては使わせてほしいと言っていた。この男にもコンタクトした方が良いだろうし、私は良くは覚えていないが、向こうはかなり私のことを知っているようだった。


 そんなこんな、人策を考えている中、関が言った。


「僕が思うに、この分野、急速に発達する可能性があります。いわゆる人工知能の限界とやらもどうやら事実であると、今回の学会を聞いていて思いました。AIには発想、というのはやっぱりないんですよ。それは僕の考えにすぎないのかもしれませんが、いくらソフトウエアが進歩したところで、ブール代数の舞台で踊っている人形に過ぎないんです。おそらくはハードウエアとの組み合わせが起きた瞬間にイノベーションが起こると思います」


「印象だけはそう感じたが、どうだろう、私も今ひとつ自信が持てないのだが」


 と、私は答えた。


「ブール代数の最大の弱点は、オンとオフ、1か0のどちらかしかないんです。でも人間の判断とか、着想ってそうじゃないじゃないですか。なんとなく、こちらではないか、とか。道を歩いている時だって、右の方が目的地に早く着きそうだ、とか、根拠とか言われてもブール代数では説明できないはずです。それが、もし量子デバイスであるとしたら、数ある可能性の中からより高い可能性を選択することだってできるのじゃないのですか?」


「うーん、関君ほどの頭脳を持っていればその答えも出るのだろうが、残念だが私には答えられないよ。ひとつ、気になるのはいくらブール代数を基礎にしているからといって、量子力学的演算もできるわけで、その結果だって評価できる。それは、複数の0,1の集合をまとめて扱うことができるからだ。原理的には無理でもそのような『ふり』はできるように思う」


「いえ、僕が言っているのはそのような演算を『数学的演繹』で『ふり』をする、ということではなくて原理的かつ瞬時の計算によって可能にできるのではないか、ということなんです」


「むずかしい話になるね。ああ、そうだ、リストにある荒井君という男に会って話しをしてみてはどうかと思う。ただ、一言だけいっておくと、そこまで突き詰めるとなると、まだ先の話になってしまうよ。なぜなら、この実験は確かに人の意識の源泉を求めるものではあるが、まずはDMNなるものについてその一部であっても正体を明かさねばならない。そうまでしないとせっかく話をしても机上の空論になりかねないよ」


「ええ、分かっています。コンタクトだけはしてもかまわないですか?」


「それは勿論、かまわないし荒井君は旧友だから食事だといって誘い出すこともできるよ」


「そうですか、でしたら僕も連れて行っていただけませんか」


「かまわないよ。西田先生も一緒に今度、食事でもしにいこう。西田先生、どうだい?」


「ええ、是非にでも」


「そうか、じゃあ、いつでも電話で話しもできる仲だから、荒井君と時間をとっておくよ。ただ、今の段階では雑談で終わってしまうだろうね。私として、仕事の上ではこの田中さん、という方と話してみたいと思っている。勿論、荒井君とはいつでも会うことができるよ」


 なんとなく、私の中に研究を進める手順が浮かんできた。


 まずは重力抑制下でDMNが活動に余裕ができるのか明らかにすること、明らかになったところで、どういった神経回路網が活性化しているのか解明すること、最終的にはそれが従来のデジタルコンピュータでは説明できない原理、例えば量子コンピュータといった素子で説明できるのか立証することだ。


 果たしてこのような論理でよいのかは分からないが、現時点での考えとして合理的に思えた。


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