第15話 予想外の注目

 西田助教、私、関の三人は早春の都内某所の大学で学会発表のため出張していた。参加人数が比較的多く、発表者のみで1000人ほどの規模であった。その学会に出たことはないがもっと大きな学会もあり、その開催ときたらものすごく、近隣市中の全宿泊設備が埋まってしまうほどである。参加者は数万人とも言われている。それに比較すれば小さい学会ではあるが、十分な規模であると言えた。発表場所も学内の至る教室に設置され、大学はほぼ閉鎖状態になっている。


 内容がチープと見なされた案件はポスターセッションといって紙を壁に貼り付けてそこで、説明をするセッションに回されるが、西田助教の発表は口頭発表として選出されていた。果たして今回の発表については、私もそれほど派手にぶち上げる気も無く、西田助教も割と気軽に考えていたようだが、それなりの注目はあったようである。


 教室に入り、西田助教が小声でつぶやいた。


「会場がおもったより広いですね。100人くらい聞いてますよ」


「こんなもんだろ。君たちはいつも小さい学会ばかり行きすぎだったんだよ。あの研究室の悪しき伝統だ。小さい学会で注目された方が気分がいい、それだけのことだったからね」


「それはそうですが、ここまでとは」


「こんなのまだ、小さいうちだよ。大きいセッションだと階段教室の上段まで埋まる。その全員を敵に回しての発表だ。度胸がいるよ。それに比べればどうってことはない。そんなことより、頭の整理でもしておいたらどうだろう。発表はたったの10分、その間にいいたいことをできるだけ詰め込むんだ。余計なことをそぎ落として、言いたいことだけを強調して」


「わかりました」


 西田助教の発表まで、いくつかの発表を聞いていたが、被験者の周囲を金属様のもので覆って、という結果が発表されていた。そんなものリリーの革新的な実験でとっくに、よりよい方法が提案されていたわけだが、あらたにDMNという概念でそれを説明する内容であった。やがて西田助教の発表となった。


「西田先生、じゃあ適度に頑張ってくれ」


「はい、わかりました」


 西田助教は教壇に立つと、スクリーンに投影された図を一枚一枚丁寧に説明しはじめた。まあ、悪くはない。悪くはないが、抑揚がない、と私は思った。西田助教の発表は10分ちょうどで終わり、5分の質疑の時間になった。予想外に質疑が多く、リリーの隔離タンクの実験が世代が代わったこともあって殆ど知られておらず、重力とDMNについてどのように考えるか、等、多くの質問が寄せられた。西田助教が一点だけ、質問につまりそうになったので、私が立ち上がり解答した。


「共同研究者です、説明します。重力は様々な感覚器官に影響を与えており、その処理に脳は追われていると我々は考えています。現に宇宙飛行士からも、重力から解放されるとそれ以外のわずかな力、例えば表面張力といった現象に心を奪われる、といった感想が報告されています。今回は我々のあくまで推察にすぎませんが、重力遮断、視力遮断によってDMNが処理すべき情報経路の一部が開放され、より深層にある記憶が何らかの回路を通って活性化されたと考えています。何らかの回路、についてはまだ十分な考証ができていません」


 議長がそれを遮った。


「大変活発なる御質疑、有り難うございます。時間がおしております。次の発表にうつらせていただきますので質問は発表者のかたと個人的にお願いします」


 発表後に西田助教と私に人並みが押し寄せて、用意した名刺はすぐになくなった。とりあえず、発表は成功だ。だが、協力者がほしい。それが学会の目的の一つだ。私はいただいた名刺を一つ一つ見て名前を確認したが、とてもではないが量が多く、また忘れている人も多く、申し訳ないが関に名刺のスキャニングとプロファイリングをお願いした。


 とにかくも、学会発表は成功裏せいこうりに終わり、重力感覚を奪うために隔離タンクが有効であること、深い記憶が呼び戻されることとに相関があることを訴えることには成功した。


 しかし、まだ研究はこれからだ。


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