第14話 DMNとの相関
果たして関は実験データの分析に熱中していた。
「関君、お茶でもどうだろう。リラックスして自由な発想で考えて見よう。自分で考えを深める時間と議論する時間のバランスが大事だよ」
「分かりました。データを格納しておきます。お茶にしましょう」
「よく言われていることがDMNの活動が活性化すると、直面した課題の処理能力が落ちる、という仮説です。DMN自体、何をしてるのか概要しかわかっていないのがつらいですね」
「そういう研究はMRIを使ったりして強烈に解像度が高い実験をやって確認しているね。細かい分析では、かないっこないから詳細な結果分析は彼らに任せよう。我々の新しいところは、感覚遮断というごく簡単な手段でDMNの活動を抑制できること、また場合によっては深い記憶と関連していること、重力遮断によるDMN活動抑制の可能性についてまで、だね」
「武田先生、私もそのあたりが学会発表の落としどころかと考えています。よほど、強烈なアイデアが出てこない限りですが」
「DMNの面白いところは、無意識と意識の間にあって、ほとんど自覚されないところだね。例えばAIだが、これは全ての思考過程をいつでも明らかにできるし、処理の高速性の問題から、例外を除いてすべてワーキングメモリで実行される。極めて単純だが、強烈に高速な演繹手段だ。殆ど全てのエネルギーが電子回路の動作と、あとはまあ半導体やってた人は知ってるだろうが、トンネル電流という無駄電流になるわけだ」
「人間の脳との対比で、トンネル電流に相当する無駄電流が人間ではDMNに使われている、というような冗談も面白いかもしれませんが」
「まあ、そうだけど、学会で壇上に立って言えるかい? 純粋にトンネル電流はデバイスの微細化で量子力学的に避けられない電力消費だからね」
「ええ、コンピュータのトンネル電流は熱になるだけで、何の仕事もしてくれません」
「あの先生方、僭越ですが、こんなのどうですか? コンピュータとの比較の図を入れ、無駄に使われている処理としてコンピュータはトンネル電流、人間は重力処理、というマンガチックな図を考察に一枚いれておくのです。その絵をどう説明するかが重要ですが、聴衆に何かを考えさせるきっかけにもなります」
「それもDMNに対する疑問を投げかける意味で一案だね。それにしても、DMNに関してはほぼ定説がないね。いろいろな人がいろんなことを言っている。言ったモノがち、という話もあるが、君たちの測定装置は、とか言われると弱いね。ここは一つ、医者を巻き込んで、認知行動療法に組み込むアプローチをしてもらおうか。現に、個人的にやっている人たちもいるが、理屈もよく知らず、しかもリリーの著書に影響を受けすぎている。オカルト扱いされるのが落ちだからね」
「武田先生、何かコネはありますか? 私はずっと工学部ですのでないのですが」
「製薬にいたころ、抗うつ剤をやっていたことがある。あそこの医者をどうにかしてみたい、と思うのがいる。しかしね、医者というのは難しい生き物なんだよ。白い巨塔というドラマがあったろう。あれはオーバーかもしれないが、エラい人には、そうそうたてつくことができないんだ。おまけに研究ビジネスやっとる阿呆医者をどうにか排除して選別しないとね」
「なかなか政治的にも難しいですね」
「ああ。実に阿呆な医者が多くて困るわけだよ、まあこの大学は別にして」
「今の議論で大まかに西田助教のプレゼンテーションの方向性が決まったと思いますが、僕の貯めたデータについても議論してほしいんです」
「ああ、そうだね。ごめん。つい熱中してしまった」
「いずれの脳活動状況においても、瞑想時にいわゆるDMNと思われる活性が見られます。ところが、脳が視覚を得た瞬間に視覚野への活動の移行があるんです。この間になにがおきているのか、私には分からないのです」
「実に難しいね。想像はできるよ、脳が深層から記憶を引っ張り出すための活動とか、確かに難しいよ。いまあるハードでそれをつかもうとしてもね。理論的な説明ができればいいのだが」
「私はそういう理論を作りたい、そう思います」
関は興奮気味に言った。彼はこの分野のみならず、生物、化学、物理あらゆる領域で好成績を収める秀才である。彼の試験での解答には必ず自分なりの考えを記載してあり、まさにその能力には驚嘆させられる。
「わかっているさ、関君。君をみているとね、私の若い頃を想い出して、少し支援もしなければ、と思っているところさ。脳の活動では君に負けるが」
私は言った。
「よし、その方向を目指していくことにするが、まずは学会で一発やっとかねばならないね」
私は西田助教の顔を見ながら言った。
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