第13話 プレゼンテーション手法

 関が参加して以来、目に見えてデータが蓄積されていった。関は、しだいにエピソードを貯めて、系統的に分類する作業まで始めた。極めて優秀な学生といってよい。


 おかげで西田助教は学会発表の戦略について考える時間を得て、私と内容を相談するまでになった。


「データ的にみて再現性、その内容、全く問題はありません。問題があるとしたら、脳活動の様子を我々だけでは詳しく分析できませんし、メーカー側も人を割いてくれそうにないです」


「そうだな、そうしたら深い瞑想状態における視覚野の活性化、といったようなタイトルでいこう。今回はこういう事実がありました、皆さんのご意見を頂戴したく、という低姿勢だな。あまり隔離タンクの内容には触れず、というのも殆どは知らないだろうが、米国では一部にマッドサイエンティストとして知れ渡ってしまったがために、否定的な人物がいるかもしれないからね」


「DMNやAIとの絡みはどうしましょうか?」


「DMN、正直、何をしているのかまだ分かっていないみたいだ。仮説として、DMNが重力を処理しているとしてもまあいいだろう。重力を感じない状況で余裕の発生した脳において深い瞑想が得られた、でさらっと一言、考察にしよう。AIに関しては、もうちょっと観点を深めて議論しなければならない。DMNについての仮説をより確実にしたら、発表しよう。今の段階ではそこまで研究が進んでいると、君も自信を持って言えないだろう」


「ええ。初めてのところで発表ですので少し緊張気味です」


「なに、そんなもの場数の勝負だけの問題だ。どれだけ、自信のあるところでハッタリ効かすんか、なんだよ。ただし、分からないことは分からない、と正直に言えばいいんだよ」


「まだ実績がないから分からないだろうけれど、ある程度、同じ学会でシリーズモノで発表すると、あいつは何やら始めたらしい、ということになる。いい先生に会う機会も増える。外国での発表だと、そのままヘッドハンティングとかさえあるしね。まあ、君がいなくなると困ってしまうが。とにかく、自分の自信の持てるところを堂々と話せばいい。自信無げに話せば、痛いところの一つでもあろうかと突っ込まれるよ」


「少し心配なのはリリーの研究実績の件です。彼は危険薬物を使ったり、宇宙人と通信したとまで言ってしまっています。だから、オカルト扱いされているわけで」


「そうだな、隔離タンクの紹介をする際に、当初はドクター・リリーが開発し、現在ではアスリートの能力開発など各所で活用され始めている、とか言ったらどうだ?なおかつ、リリーの見解には一部疑問を持っており、純粋に隔離タンクの科学的効果のみに着目した、とでも言うといい。もう少し、年をとっている人ならうまいぐあいに聴衆の笑いを取りながら紹介まで持ち込めるが君はまだ初心者だ」


「学会はすでに生化学系の学会を選びました。情報処理系ではAIの発表が盛んですから、こういう発表は注目されるか、罵倒されるかのどちらかでしょう」


「いいんじゃないか、最初は生化学にしよう。我々のホーム学会だから。知り合いも多いし、内容が分からなかったらメールも来る。興味があれば一緒にやろうと言われるかもしれない。情報処理系のいいところは人数が多くて、いろいろなバック知識を持っている人がいることだが、君に浴びせられる質問を考えると厳しいね」


「はい、そんなことかな、と思っていました」


「それから、君は三月の学会集中でいいんだが、関君がせっかくデータを蓄積しているのだから、朝方にでも見てあげよう。私もつきあう。そこで、軽く議論しよう。20分もあればいい。私が特に論法に気を遣っているのがDMNとの関連性なんだ。すべてはそこにあると思う。今はデータが少ないこと、脳活動の詳細分析ができていないことがネックだ」


「最終結論は学会のぎりぎりまで、関君のデータで検討しましょう」


「そうしよう。それから、タンクでの関君の様子はタブレットにいつでも表示できる。危険性も分かってきたから、一人でやらせているが、時には見てあげよう」


 さらに私は続けた。


「それからだが、君の発表はアクションが少なすぎるね。日本人だから米国人みたいに大げさな手振りはいらない。ちょっとした、聴衆へのまなざし、そんなもので、ここ重要だから聞いてくれとアピールするんだよ。間を置くとかね。パワーポイントでやるのなら、ストーリーに関係の無い図がいきなり出てきて、なんだこれは、と思わせるのもいいが、高度かもしれない。とにかく、注目されたいところではちょっとしたジェスチャーでいいからやってみるといい」


 西田助教はまだ学会発表の回数も少なく、いかに注目させるか、というテクニックがまだ十分ではない。では私が発表したら、きっと、シャンシャンでおしまいになってしまう。特に文句を言うやつもおるまいが、正直な意見も聞きにくいだろう。西田助教には必ずや、プレゼンテーション能力を向上させてもらう必要がある。


 最後にこの場の緊張をほぐすために一言、いった。


 「さて、二人で関君の実験を見に行くとしよう。彼が出てきたら、お茶でも用意して歓談してみるか」

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