またしても雑多
なぜ彼女は金髪縦ロールなのか
こちとら、生まれた時から金髪縦ロールである――それが彼女にとっての矜持であった。
しかし、なぜ、とも思う。
何故、
「それはね」と博士は言いながら、吸いさしの煙草を灰皿でもみ消した。「君は培養液で生まれたからだよ」
博士の後ろには2メートルくらいの硝子シリンダーが置いてあり、中は緑色の液体で満たされていた。
「君は両親から生まれたと思っているかもしれないけどね」
「そう、思ってましたわ」
「間違いなんだよ」博士はそう言うと、硝子シリンダーの土台の近くにしゃがみ込む。いくつもボタンやらツマミやらが並んでおり、それを実に手慣れた様子で操作する。「見ててごらん」そう言うと、シリンダーの底から泡が浮かんできた。泡に隠されていたが、次第に何か人の形のようなものができてくる。「このようにして」
「私ができたんですの?」
「その通りだよ。注文があれば、どんな人間も作ることができる。我々は――と言っても私には縁のなかった話だが――産みの苦しみから解放されたわけだ」
このお嬢様としては、両親のどちらかから生まれてきたと思っていた。両親は忙しく、
とにかく、世に溢れる子どもたちのように(この街には、一ダース程度の子どもたちがいる。たくさんだ)、お嬢様としても、両親の愛情の結果として生を受けたのだと思い込んでいた。
「学校教育による刷り込みなんだよ」と博士は言う。
シリンダーの中の人型は、今やお嬢様と同じようなシルエットに育ちつつあった。
「この街の子どもは全員ここで生まれた。番号も振ってある。君は十一番目の縦ロール」
「どうして――」と言いながら、お嬢様はシリンダーを指差した。「私に似てますの?」
「それはね」と博士は言いながら、煙草に火をつけた。「最後にもらったオーダーが、金髪縦ロールだからだよ。身長は152cm。体重は51kg。縦ロールは三段――控えめだね」
実につまらなさそうに博士は言い、煙を吐き出した。はじめこそ、勢いよく雲は飛んでいくが、すぐに目的を見失ったかのように散ってしまう。この研究室自体に飽き飽きしているかのようだ。
「この街には十二人の子どもたちがいるはずでしたわよね?」とお嬢様は言う。
「そのはずだね。事故に遭っていなければね」
「そして、最後に作られた子どもが、私と同じ金髪縦ロールだったと」
「そう言ったけどね」
「ということは……」とお嬢様は唾を飲み込む。「私と同じ姿の金髪縦ロールがこの街にいる、ということですの?」
子ども達の全てが同じ学校に通っているわけではない。そもそも、スクールというのは、あくまで昔の名前を引き継いだもので、実際にそういう施設があるわけではないのだ。機能だけが残っている。子どもたちはそれぞれ自宅の機材でスクールにアクセスし、講義を受ける。質問にはチャットが答えてくれる。子ども達同士の繋がりが禁止されているわけではないが、このお嬢様はそういうことに興味がなかった。
なにせ、金髪縦ロールなのだ。
そんじょそこらの子どもとは違う――そういうのを矜持としてやってきたのだ。昔の物語を開けば、いかにこのクルクルが特権的アクセントなのか分かる。鏡に映る自分もそうだそうだと言ってくれる。わたしは生まれつき金髪縦ロール、歩く気品。
それが、この街にもう一人いるだなんて。それっていわゆる双子ってことになるんじゃありませんの、と彼女は思った。それはマズい。特権意識は競合するものだろうか――わからない。分かち合うことができれば良い。そうでなければ、争いが生じる。自分は果たして、真の金髪縦ロールを勝ち取ることができるだろうか、と彼女は考えた。
頭の中もグルグルしていた。
博士の性格は悪かった。悶々としている彼女を見て、唇をじわりと引き伸ばすように笑う。熱した棒で加工する飴細工のようだった。あるいは、硝子細工。表情というには歪な変形の仕方――そのことに、お嬢様は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「君は賢い子だね。プログラム通りだ」
「どういうことですの」
「いつの世にもブームというのがあってね」博士は煙草のフィルター部分を噛む。「今は、金髪縦ロールの時代なんだよ。お察しの通り、君のあとに造られた十二番目の子どもも金髪縦ロールだし、実のところ、君の前の十人もそうなんだ」
双子どころの騒ぎではなかった。
十二人の金髪縦ロール。
「どの子どもたちにも、同じような物語が配られている。どの主人公も金髪縦ロールだ。みんながみんな、鏡の中の自分と絵本の中の自分を重ねて、我こそが真の金髪縦ロールだって思い込んでいる。それを誇りに生きてきた。だからってどうってこともなかったんだけどね」
開いた口が塞がらないとは、このことだった。お嬢様にあるまじき醜態とも言える。
自分だけの特権だと思っていたものが、十二分の一つだったという事実! しかもそれは、この街の子ども達全員が持っているものなのだ。ありふれた特徴だということになる。全然貴重じゃない。悔しい気持ちがしたし、今までの人生が――彼女の思っているような年数ではないにしろ――ガラガラと崩れ去るような気がした。
正直言って、ひっくり返りたい気持ちだった。自分の足元、ヒールのつま先、汚れたリノリウムの床を見て、思いとどまったのもある。こんなに分厚い埃では、せっかくのお召し物が大惨事になる。けれども、それ以上に、彼女をいまここに留めるものがあった――それは一つの疑問だった。
「”どうってこともなかった”――どうして過去形ですの?」
お嬢様は震える声で尋ねた。
正解、と言うように、博士は指をパチンと鳴らす。人差し指の銃口をこちらに向けてくる。気持ちの良いものではなかった、私金髪縦ロールですのよ、とも思った。しかし、博士の言葉を信じるならば、この街にありふれた、コモンのキャラクターなのだ。
「今、この街は危機に瀕している」博士はそう言って、窓に歩み寄る。
「危機に」
お嬢様の目線の先、博士がカーテンをさっと払う。
研究室は高台にあるダイガクの跡地を利用したもので、そこからは街がよく見える。お嬢様が普段生活している街――正確には、今の今までそう思い込んでいた街だ。莫迦みたいに青い空の下、覇気のないビルが阿呆みたいに立ち並んでいる。
それだけで終われば良かった。
終わらなかったのだから困る。
巨大な金色のシルエットがそこにいた。
「ヒトはその昔、四足歩行だったようだよ。手も足も区別なく、移動するために使っていた」
「あの腕のようなものは――」
「そう、金髪縦ロールだ」
先祖返り、という言葉がお嬢様の頭に浮かぶ。
「あまりに金髪縦ロールが成長したもので、自分じゃ支えきれなくなったと見える。一方で、金髪縦ロールには神経が通っているからね。それを前脚代わりにして、彼女は歩いている」
「何が目的で」
極度に発達したムキムキの金髪縦ロールが、ビルを薙ぎ倒す。数瞬遅れて地響きのようなものが聞こえて来た。実際の振動はさらにその後だ。
「それは、わからない」博士は煙を吸い込む。「けれども、君が生まれた理由はそこにあるんだよ」
「私が」
「そう、君が今日この時生まれた理由は、同じ金髪縦ロールの力をもって、あの金髪縦ロールを退治することだ。生命体を作るにも電力が必要でね。君を含めて一ロット分――十二人分――金髪縦ロールを製造してしまった。我々としては、十一人目の君にアイツをどうにかしてほしい」
そんな無茶な、と思っても不思議ではなかった。少なくとも、道理は通っている。
けれども、なぜかお嬢様の中には、しっくりくるものが生まれていたのだ。
博士が言うように、それはプログラムされていたものなのかもしれない。実際に巨大化した金髪縦ロールを見たから、というのもあるのかもしれない。
だって、私は金髪縦ロールなのだから。
彼女の矜持が起動した瞬間であった。使命感に、金色の巻き毛がくるりと揺れた。
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