中継ぎの始まり

 ある日『それ』は突如として屹立した。


 最初の『一本』は日本の首都、東京都沿岸部。


 その出現の瞬間を認知した者はおらず、いつの間にか姿を現していたそれに、多くの者が目を疑った。


 あまりにも巨大な『柱』──


 さざ波立つ東京湾から月光を反射し鈍色に淡く光るそれは、おおよそこの世の物質に当てはまらない、異質な何かを放っていた。


 街一つ丸々収まる直径、天を貫き先が目視できない程に高くそびえ立つ柱の出現に、各メディアは連日報道を繰り返し、その存在は全国各地に知れ渡った。


 これに対し、日本国は特別対策本部を設置。瞬く間に流布した『柱』の情報を入手した海外からも、多数の研究チームが調査の依頼を持ち掛けてきたが、日本はこれらの要請を全て却下。自国の問題とし、独自の調査のもと構成物質、発現の経緯を調査した。


 こちらの益となる資源になり得るならば、易々と海外に手渡す訳には行かない。


 それは結果として、最悪の悲劇を招いた。


『柱』の調査にあたり建設された研究施設を含む沿岸地域一帯が『柱』を爆心地とした大爆発により消滅したのだ。

 被害者数約一万二千人強。

 これはまたしても歴史上に類を見ない大事故として世間を大きく揺るがした。


 政府はこの事故の原因を、『柱』の耐久性を測定するために行われた爆破実験時の、過剰な火薬投入と発表した。


 しかし世間は、爆破実験による事故としては無理があると批判し、真実の開示を求めた。


 なにぶん、被害範囲が広すぎたのだ。


 得体の知れない巨大な柱に対して、沿岸地域にまで食い込む程の威力の爆破などあり得るはずもない。


 さらに、世間の疑惑を助長させたのが、インターネットの動画サイトに投稿されたひとつの動画である。


 偶然望遠カメラで『柱』の様子を観測していたという一般人が公開したその映像に映されていたのは、煙幕に包まれた巨大な異形の影と、その付近に展開する複数の剣のような物体。


 映像が拡大された瞬間、その全てが不自然に掻き消え、突然水平線のみの映像となり、暗転の後その動画は終了してしまっている。


 これを観た視聴者からはCGを疑う声も絶えず、投稿者に詳細を求めるコメントが多数寄せられた。


 その数時間後、すぐにその動画はサイトから削除され、何故かメディアに取り上げられることもなく、インターネット上でのみ、様々な議論や憶測が交わされることとなった。


 政府は依然として、実験中の爆発事故という主張を曲げることはなかったが、なにより、沿岸部と海域の被害への対処で、世間の『柱』に対する疑念の声に対応している暇はなかった。


 終わりの見えない論争の果てに、やがて『柱』に関して話題を上げる者はいなくなった。


 被害地域を除き、世界は平穏を取り戻しつつあった。




『二本目』が立つ、その日までは──

















「と、言うことで!我々は秘匿のもと、異形殲滅の徒『フィニス』は現在も世界を救うために活動を継続しているわけ!」


「…………」


 無機質な白を基調としただだっ広いブリーフィングルーム。その端から端までを大声が満たしたのち、暫し沈黙が流れる。


 刑事ドラマに出てくる特別対策本部よろしく、全ての席が一方向に向いたその最前でただひとり、北見は黙って声の主を見つめていた。


艶のある黒髪を高い位置で結んだポニーテールに、淡い橙をした薄手の作業服のような上着の少女は今、無反応を決め込む北見にあせあせとしている。


そのだいぶ大雑把な説明を、北見は自ら脳内で補完しつつ反芻する。


要するに、柱から変形した異形を殲滅することが唯一可能な戦力の保有を引き合いに、情報を隠匿し政府に圧力をかけたのがこの組織であり、先日立ち会ったのがまさに異形殲滅作戦である…と。


 暫くの沈黙の後、ややあって声の主、能登アヅハは顎を引き、様子を窺いつつ北見に尋ねてきた。


「…あの…北見くん、聞こえてた?」


 もちろん聞こえている。聞こえ過ぎて何度か耳を塞ぎたくなる程には。


そもそも…


「その説明は入隊前にも聞きましたが…」


 …というより、その説明が己の口からスラスラと出てくるようでなければ、入隊試験を通過することはできない。

 自身もそれに気が付いたのか、先程よりあせあせとし始める能登。


「あっ、そっ…そっか!私は縁故採用だから入隊の流れはいまいち把握しきれてないところがあって……ごめんね」


 北見と能登以外に誰もいないその広すぎるブリーフィングルームに、再び重い沈黙が流れる。


「説明・案内役」として紹介されたこの能登という人物、声がデカすぎるあまり、静寂が逆に耳に痛い。


 別段なにか悪いことをした訳でもないのに、北見は心なしか罪悪感を覚えてしまう。


 職務柄、比較的非情に徹してきたつもりの北見だったが、明け透けでサバサバした雰囲気がそうさせるのか、この人物にはどうも情が移りそうになる節がある。


 味方であろうとも完全な信頼は仇となる……


 北見が卓上に組んだ手を揉んでいると、能登の方から突然、静寂を裂く機械的な『音声』が流れ始めた。


『ホンマ、能登は抜けとんなぁ!大体、あんな馬鹿デカイ声で説明しとったら、嫌でも聞こえるっちゅーねん!』


 一瞬の驚きは顔には出さず顔を上げると、いつの間にか能登の近くにフヨフヨと浮かぶゴルフボール程の球体がそこにあった。

 そして女性のものと思われる『音声』が続けざまに…


『すまんなぁ、ウチの能登が。昔っからこういうとこがあんねんこの娘ォは』


「いっ…イチカワさん!?」


 胸元から飛び出てきたのか、作業服のような薄手の上着はボタンが外れ、胸元がはだけて黒のタンクトップが露になっている。


「イチカワ」という謎の球体の登場に、肩ほどまであるポニーテールを揺らしながら若干焦った様子の能登。


「ゴメンね、これ私の相棒」


「イチカワや。よろしく」


 滑らかな表面を機械的な筋が覆う銀色の球体。

 それが一体どのような原理で浮遊し、言葉を発しているのかは、超常現象の中に身を置いてきた北見にはもはや気にするべくも無いのだが。

 イチカワというのか、この謎の球体は…変型でもしそうだな…などと考えながら


「いえ…特に気にしてはいませんので…」


 少し嘘をついた。


『んっ、そんなおカタくならんでええで!ウチらはもう仲間やから、もっとこう、フレンドリーにいこうや』


 何故に関西弁なのか。


「そうだよぉ!私のことも、ぜひ『アヅハちゃん』って呼んで!」


 先程のしおしおしさはどこへ行ったのか。


『それはちょっとフレンドリー過ぎやでアヅハちゃん!』


 このノリに慣れるのは、一体いつになるだろうか。


 北見が既に辟易とし始めていた。


すると、それに気が付いた様子のイチカワが改まり、声が少しだけ真剣味というか、哀愁にも似た雰囲気を帯びる。


『ま、アンタが仲間になってくれてアタシらは素直に嬉しい。…なんというても、一人で戦う我らが姫様の相方やからな』


 流れる金色の髪に蒼い焔のように揺らめく光を宿した瞳の少女。

 その桁外れな戦闘能力で異形を圧倒した紅の戦士。


『あの子は寂しがり屋さんやから、仲良うしたってや。我々は戦場で背中を預けさせて貰うこと出来ひんから…』


何やら含みのある声音に少し疑念を抱いた北見だったが、ここでは看過する。


「そうなのですか…それなら私もあなた方の分まで…」


「きたみん、フレンドリー!」


 早速あだ名で北見にフレンドリーを強要してくる、フレンドリー能登。年齢だけで言えばこちらの方が歳は上な筈だが、何故か逆らい難い。

ポニーテールを揺らしながら、ニパニパ笑顔なのにプレッシャーを感じる。


 過度な馴れ合いは油断を生じかねない。こういった戦いの場には緊張感を持って臨みたい北見だったが、ここで波風を立てても仕方がないと判断した。


「わかった…これからの戦いに全力を尽くす。……イチカワ」


『おう!握手はできひんけど、よろしくな!』


心で熱い握手を交わした様子に満足げな能登は、またルームに響き渡るデカい声で


「それじゃ、施設を案内してまわろっか!」

と一人と一機(?)を出入り口へと促した。


それももう、頭に入っているのだが…



そう言えば、まだ聞いていない。


あの紅の戦士は…


彼女達は何故、『一人で戦隊を名乗る』のか。










「報告は以上だ。これより、質疑応答とする」


「ふぅ~ん…『内地誘導からの肉弾戦を主とした単独による殲滅スタイル』ねぇ…」


「……面白そうじゃ~ん?是非ともあの子らとくっ付けてみたいね…」


「真剣にやれ『joint2』、これは───」





「─── 正義と正義の中継ぎだ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

HERO-ENCOUNT!! 猛者 @umasi_327

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ