HERO-ENCOUNT!!

猛者

Prologue 私の戦い

「目標、エリア7からエリア8へと南下中!現在時速210/kmです!」

『こんなビル街でこの速度で爆撃は無理~…ちょっち離脱していい~?』

「由良さん…爆撃はいいので最低限距離は保ってください…」

「フェーズ2に対して通常兵器は無意味だ!特殊防壁をエリア8、9間に二重展開しろ!!」

『こんなやつ、スニオンで変形できればちゃっと終わるのになぁ……』

「…………………」

「フィニスの出動準備が完了するまでの間持ち堪えられればいい!何としても減速させろ……!」


扇状型に大きく開けた空間。階段状に傾斜がつき、大小様々なモニターとコンソールで囲まれたその制御管理室には今、オペレーターや指揮官の怒号とけたたましいサイレンの音が飛び交っていた。

先程指揮官が口にした「フィニス」とは、戦闘部隊の名称である。

そして、この制御管理室はその戦闘部隊を文字通り「制御・管理」し、殲滅対象を正しく処理させるための部屋だ。


殲滅対象とは?


それは丁度、この部屋の最奥に据えられた特大モニタにでかでかと映し出されている。

人気の無くなった夜の都市。高層ビルや高速道路、住宅街を薙ぎ倒しながら高速移動を続ける、全長ニ百メートルはあろうかという程の異形。

無数の触手を蠢かせながら駆け抜ける異形の通った後ろには塵しか残らない。

だが特段目を引くのはその上半身。

フランス人形の様な頭に胴体、腕そのものが鋭利な刃であり、まるで死神の鎌を思わせる。


これがこの制御管理室と「フィニス」の殲滅対象。


人類の、敵───


「特殊防壁、突破されました!対象の速度、現在122/km!」

「この距離ならば充分だ!」

この部屋の最上に位置する指令席に座する司令官は、襟に付いた通信機を掴み、ひとりの職員に回線を繋いだ。

「能登!フィニスの出動準備は!!」


『こちら能登!現在フィニスのエネルギー充填率97パーセント!出動可能まであと30秒です!!』

能登と呼ばれた職員のものと思われる活発そうな声が、備え付けのスピーカーから管制室全体に響き渡る。

するとその応答を聞いた司令官はすっと立ち上がり、異形の映るモニタに向けて手をかざし声を放った。

「了解した……。では諸君!これよりオペレーション『ドール・ダンス』を開始する!各々、死力を尽くして挑め!」


「「「了解!!!」」」


司令官の方を向いていたオペレーター達は司令官の指示と共に一斉に手元のディスプレイへと向き直り、コンソールに手をかざす。


「世界を救う心の準備は出来たか、レッド」


司令官がそう呟くと、備え付けのスピーカーから、落ち着いた少女の声が帰ってきた。


『心の準備…?そんなものは生まれた瞬間ときから出来てるの』


『私は……『ヒーロー』』


『フィニス、出動準備完了!いつでも行けます!』

管制室に響き渡る能登の声。


「見ていたまえ。今から君に彼女の力を見せてあげよう」

目を細め、微笑みを浮かべながらこちらに顔を向ける初老程の男性。髪の大部分が白髪ではあるが、歳相応の見た目の中にもどこか青年のような若さを感じるのは、瞼の奥に覗く瞳のせいだろうか。

その司令官の真っ直ぐな瞳は今、一人の青年を映していた。


「はい…彼女と同じ戦士として活躍を見届けます」


青年がそう答えると司令官は軽く頷き、今日一番の大声で言い放った。

「フィニス、出動!」


すると最奥のモニタにどこか屋外のビル屋上の映像が映し出された。

「ハッチ、開きます!」

オペレーターの一人が叫ぶと、屋上の床の一部が左右に真っ直ぐ割れ、下から土台が競り上がってきた。

そこに佇む1つの人影。

異形に立ち向かう戦隊。

がそこにはいた。

あれが、フィニス。


全身に紅い甲装を纏っているものの、その姿は至ってスリムに収まっている。

そして、これまた紅く染まったマントをはためかせ、屋上の縁に立ち、腕を組み真っ直ぐに前を見つめている。

頭にフルフェイスのヘッドセットを装着しており表情を伺うことは出来ないが、その身体から発せられる、映像でもわかるほどのオーラは、彼女の絶対的な自信を感じさせるものがあった。


その眼前には、触手を持ったフランス人形の異形がもうすぐそこまで迫っていた。

「…………」

吐き気を催すほど不気味な巨体。

普通の人間ならば、血相をかいて逃げ出したとしても攻める者など誰もいないであろう程の状況下で、彼女はただただその巨体を見つめている。

何を考えているのか、ただ擂り潰されるのを待っているのかと青年が思ったその時、彼女はその紅いガントレットで包まれた腕を手前に掲げ、


『止まりなさい』


右腕一本で受け止めた。


信じられない光景が目の前に広がっている。

あんな華奢な身体のどこにこのような力が眠っていたのか。

異形は程無くしてその動きを止め、人ひとり突破するのに苦戦している。

彼女の立つビルだけは何故かほぼ損害を免れていたが、彼女の背後に衝撃が伝わり建造物が吹き飛んでいるところを見ると、どうやら実は異形の力が弱かった、などということも無いようだ。


だが、この組織の目的は目標をその場に留めておくことではなく、殲滅することだ。

管制室では今も多数のオペレーターが休むことなく手を動かしている。

「目標、停止しました」

「現在FN1の体外・体内損傷率共に異常ありません」


「どうかね、ウチの戦士は」

指揮官はモニタから目を離し、もう一度青年を見やる。

「肉弾戦で巨体を処理する戦闘スタイルは珍しいですが、見事ですね。話に聞いていた以上です…」

青年は平静を装ったが、正直呆気にとられていた。

彼にも巨大生物を相手に戦闘を行った経験はある。しかしスーツの補助があるとはいえ、あの速度を片手で止めるあの力…彼女は…


「敵触手内部に高エネルギー反応を確認!反撃、来ます!」

ひときわ声を荒らげるオペレーターに意識を戻されモニタに目をやると、異形が1度彼女──FN1から距離を取り、触手による攻撃を繰り出そうとしているところだった。

「FN1の脚部エネルギー出力上昇を補助しろ!微調整はあいつに任せる!!」

「了解!人工筋繊維の出力上限解放を許可します!」


『………気前が良いわね、リーダー。いつもはエネルギーを出し渋るのに。今日はお客様がいるから張り切っているのかしら……?』

司令官の指示を聞いたFN1は意外そうな声音で茶化すようにそう聞いてきた。

「馬鹿を言え。私は適宜その状況に合った判断を下すまでだ」

『そう…。なら少し、私も張り切るとするわ』

直後、異形の触手はFN1を彼女の立つビルごと無数の杭のように貫いた…

かに思えたが、FN1は無傷だった。

衝突の際無事だったビルも碎け散ったが、FN1はかわしたのだ。あの巨大な無数の触手を。

気付けばFN1は驚くべき脚力で異形の触手の上を駆け登っていた。

その際襲い来る触手でさえ躱す、躱す、躱す。

『スプリングシールド展開』

FN1はそう呟くと触手を登る速度を更に上げ、胴体に届こうとしたところで触手から垂直に跳躍。

向かう先は、自身の展開した直径三メートル程の半透明なシールド。

それに到達した瞬間FN1はその身を翻し、シールドを踏み台にして異形へと一気に跳躍した。

異形とて黙って見ているわけではない。その腕から伸びる鎌を振りかざし、FN1を仕留めようとする。


しかし、当たらない。


『……遅い』


一瞬で異形へと距離を詰めたFN1は、ぐっ、と拳を振りかぶり


『ふっ…………っ』


──ただ、思いきりぶん殴った。


ただそれだけだ。あの痩躯が異形の頭をスピードをつけて殴っただけで、巨体はその身体を傾けた。


活躍を見届けるなどと偉そうに言っておきながら、青年の口は半開きだった。

単騎で、ひと殴りであの威力…?


FN1は落下しながらも更に追い討ちをかけるように敵の腕を蹴りあげる。

異形の鎌は自身へと突き刺さり、その場に不快な悲鳴がこだまする。その間にも次のシールドを展開。距離を詰めては殴る。殴る。


「敵体外損傷率72パーセント!システム発動可能です!」

「うむ、いいだろう。FN1、システム発動許可を出す!」


『………了解』


『ごめんなさい京子。すぐに終わらせるから力を貸して……』


FN1が何やら悲しげな声音で申し訳なさそうにそう呟いた次の瞬間、青年はこの管制室を含め、全てが異様な空気に包まれたのを感じた。


何だこの感覚は…。生暖かい。何か切ない悲しみのような感覚……


「君にはわかるか、その感覚が……。まあ詳しい説明は後だな。今は目の前の戦いだ」


するとモニタに映る異形は突如小刻みに震え、フランス人形には随分と似つかわしくない低い唸り声をあげながらのたうち回り始めた。


『インストール、『カルマ』』


「と、言っても直に終わるがな…」


司令官はモニタを見続けている。どこか遠くを眺めるように、少しだけ、諦観のこもったような眼差しで。


暫くして、のたうち回っていた異形が一際高い悲鳴を発すると、胸部から何か鈍色の物体が飛び出してきた。

その物体は嫌だ嫌だと言わんばかりに暴れる異形から柱のように太く天へと伸びていき、異形の体は柱に吸収されるように小さく溶け消えていく。


『ありがとう……これで、お仕舞い』


完全に柱と化した異形を、彼女は一発、気持ちのこもった一発で殴り砕いた。

鈍色の柱は砂塵と化し、月夜に照らされ煌めきながら戦場に降り注いだ。


「目標、完全に消滅!」

管制室から所々安堵のため息が聞こえてくる。

「ミッションコンプリートだレッド。戻って休め」

『言われなくても』


闘いを終えた紅の戦士は、何事も無かったかのように踵を返し、戦場を後にする。

ヘッドギアが外され、拘束を解かれ自由に風に踊る艶やかなブロンドの髪。


その美しい髪の隙間から覗く彼女の瞳は、まるで少女のそれではなかった。


世界を背負う、覚悟の蒼い焔を灯した、戦士の瞳。


『どうかしら、お客さん。…いえ、もうお客さんではないわね。』


『これが、私の戦い』




これから、共闘する。


この、


────「たった独り」の戦隊ヒーローと
























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