第12話『友達 その5』

「じゃ、そゆことで!」

 と、多少元気になったピオは、昼過ぎに爽やかな笑顔で去って行った。

 台風一過とはこのことか。

 静かになった家で、瑛人は小さく嘆息した。

「一気に静かになったな」

「………………じゃなぁ」

 返事に時間がかかったのは、頭痛のためだろう。何とか取り繕っていた笑顔を、しかめている。

「飲み過ぎたんじゃないのか?」

 時に沈黙は言葉よりも雄弁だ。

 瑛人はオサキの頭に手の平を置いた。

「寝るか?」

 返ってきたのは、首を横に振る動き。

「ま、今日くらいは家事をやるから、午前中くらい休んでおいたらどうだ?」

「うむぉぉおうぇぇ」

 頷いたかと思えば、オサキは急にトイレへと走っていく。

 それを呆然と眺めた瑛人は、

「心配して損した」

 と独りごちる。

 何のことはない、胃から込み上がってくるモノを堪えていただけだった。

「午前休でも取るか」

 奇しくも今日は平日。しかし午前中に何か重要な仕事が入っていたわけじゃない。

 オサキのことだ。

 放っておいて出勤したところで、帰る頃には間違いなく復活している。

 ただ、そうした場合、帰ってから宥めるのが非常にめんど――もとい、時間がかかる。

 それは些かいただけない。

「オサキ―、午前中は休むから、全部出しとけー」

 バンバンと壁を叩く音。

 了承か、大きい声を出すなということなのか、さっぱりわからない。

「ビールが合わないくせに、飲むからなあぁ。体に合ったものを適量飲むのが一番だってのに」

 酒に合う合わないは、人によって違う。

 妖怪として長い時間を日本で生きてきたオサキにとっては日本酒がそれに当たるのだが、「飽きた」の一言で、今はビール一筋。その結果が、今の有り様だ。

 良い反面教師、ではあるが。

「えいと~、すまぬぅ」

 申し訳なさそうに顔を出したオサキに、

「妻のためだから、気にしなくていい。それより」

 瑛人は嘆息しつつ、気になっていたことを告げる。

「口周りのゲロは洗い落としてくれな」

「!?!?!?!?!?!? 瑛人のアホボケカス! ぬおぉぉぉ、またじゃあぁぁあああ!」

 再びトイレに駆け込んだオサキには聞こえない声で、

「アホだろ」

 瑛人は酷く優しい声音で、そう言った。


 これはただの平凡な物語。

 妖怪と添い遂げた男の、何でも無い日常の一幕である。

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