第11話『友達 その4』

 素面の人間にとって、嫌な光景は何か。

 そう問われたならば、瑛人は間違いなくこう答える。

 寝ゲロだ、と。

「……ほっ」

 朝一番に目が覚めた瑛人は、自分が他人のゲロまみれになっていないのを、まず安堵した。

 続いて、

「オサキは――」

 隣をチェック。

「すぴー」

「問題なし、か」

 ほっと一息。妻の顔はゲロまみれになっていなかった。

 残りはひとり……いや、一匹か。

 一階で寝ているピオだが。

「まぁ、行くしかないか」

 気持ちよさそうに寝ているオサキが気付かないように、そっと布団を出る。

 そのまま足音を殺して階段を下りれば、

「ぐおおおお、いってぇええええ!」

 と、頭を抱えるピオの姿。

「あんなに飲むからだろ……」

 瑛人が嘆息すれば、ピオはぎろりと鋭い視線で睨めつけてきた。

「ちょっと待ってろ」

 二日酔いに効く万能薬があったはずだ。

 瑛人は初期棚の一番上を開ける。そこにあったのは、誰もが一度は見た事のある、緑のプラスチックの入れ物。そこには小さな白くて丸いお菓子がたっぷり詰まっている。

 森永ラムネ。

 百円でもお釣りが出るような値段のそれこそが、二日酔いに効果のある〝薬〟なのだ。

 二日酔いの原因とされているのは、アセドアルデヒドという成分。それを分解するには、ブドウ糖が必要だ。

 そしてラムネはブドウ糖の塊。

 つまり、二日酔いには効果がある。

 とはいえ、食べ過ぎは危険。10粒までを目安にして、水を摂取しなければならないのは当然だが。

「ほら、これでも食って水も飲め」

 ピオの前に差し出すと、「うい~」と聞いているのかいないのか、中途半端な声。掴んだところを見ると、意識はあるのだろう、きっと。

「えいと~」

 と、階段から情けない声がもうひとつ。

「……もうひとつか」

 見ればピオはラムネをラッパ飲みしていた。固形物で飲み物じゃないはずなのだが。

「味噌汁おーくれ♪ ああ、いかん、頭痛が痛い……」

 顔を出したオサキは、二日酔いで真っ白になりながら、そう言った。

 幽霊かお前は。

 そんな風に感じながら、

「はいよ。豆腐でいいよな?」

 と、昔ながらの二日酔いに効く〝薬〟を作りにかかった。


 これはただの平凡な物語。

 妖怪と添い遂げた男の、何でも無い日常の一幕である。


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