第10話『友達 その3』

 酒宴の後は睡眠に尽きる。

 何故なら、アホみたいに飲みまくった後に風呂は危なすぎる。かと言って、寒風吹きすさぶ冬ならともかく、夏場に外に出たところで、涼むどころか体が温まる始末。

 気持ち悪くなったのなら、潔く水をがぶ飲みして寝るのが一番なのだ。

 自身の経験上そう結論づけた瑛人は、

「ほら、水だ」

 と、冷やしたミネラルウォーターに氷までつけて、酔い潰れるオサキとピオの前にコップを置いた。

「うぃー」

「おーぅ」

 酔っ払いの反応は鈍い。

 どうせ喉から込み上がってくる〝ナニカ〟に堪えているのだろう。顔色を見ればわかる。

 瑛人が風呂を回避したかった理由は、ここにもある。風呂場で吐瀉物を撒き散らされるのは、後処理が大変なのだ。せめてトイレで吐いて欲しい。

「まったく……飲み過ぎだ」

 自身もまたコップから水を飲みながら、くぴくぴとそれぞれのペースで水を飲むふたりを見やる。

 反応は薄い。

 まぁ、気持ち悪くなった酔っ払いはこんなものだ。大体、口数が少なくなる。

「……」

 いや。

 瑛人は不意に思い立ち、裏口にある戸棚から、バケツを取り出した。金属製のもので、墓掃除とかでも良く見る銀色のものだ。

 それを持って、戻る。

「……吐かぬぞ」

「ぜってーそれだけは嫌だ」

 恨めしげな目でこちらを見てくるふたりの足下に、置いた。

「いつでも吐け。入れ物はちゃんと用意したからな」

 無言の否定が返ってくる。

 こうなったら意地でも吐くまい。

 瑛人が黙って水を飲むこと、数分。

「う、うぷ……も、もう、無理じゃあ」

 ひっくひっくと嘔吐き始めたオサキは、

「といれぇぇ~~」

 蚊の鳴くような声で出て行った。

 その背をニヤリと見るピオは、勝ったという表情。

 瑛人からすれば、貰いゲロ用にもうひとつバケツを用意しておくんだった! と内心焦っていたのだが。

「お、おぅええええぇぇ……!」

 扉くらい閉めてくれ。

 どうやらトイレに飛び込んだらしいオサキは、そのまま聞いてはならない声をずっと続けている。

 まぁ、吐けば楽になるだろう。

 そう思い、ちらりと瑛人はピオに視線を向けた。

「……!!(ぶんぶん)」

 口を両手で押えていた。

 瑛人は笑顔で下を示す。

 ゲロinバケツ。

 首を振っていたピオだが、堪えきれなくなったのか――。

「#&%$%$%#$#%&――!」

 マーライオンと化していた。

「どうすりゃいいんだ、これ」

 ふたりが揃って撃沈した中、瑛人はひとり呻いた。

 部屋の中は、酸っぱい臭いでいっぱいだった。

 瑛人はまず、窓を全開にした。

 夜は――長そうだ。


 これはただの平凡な物語。

 妖怪と添い遂げた男の、何でも無い日常の一幕である。

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