第8話『友達 その1』
唐突ではあるが。
人生で大切なもののひとつが、予告も無しに泊めてくれと急に家に訪ねてきたら、どうするだろう?
そんな漫画のような出来事あるわけがない。
話では良く聞くけど、自分の周りにはそんな人間いないし……。
瑛人ももちろんそう思っていた人間のひとりではあったのだが、
「泊めてくれ、石動」
夜の九時。
田舎ではもはや寝始めている家もあるという時間帯に訪ねてきた友は、つり上がった目尻を精一杯申し訳なさそうにしながら、そう言った。
「なー、たーのーむーよー」
と、友は八本ある脚で器用に地団駄を踏む。多脚から上には人間の少女の姿。黒みがかった甲殻で小ぶりな乳房が覆われており、その上には勝ち気そうな小顔。その背からは、長い尻尾と先端に毒針がついている。
「急に来たと思ったら……また家出か、ピオ?」
「またとか言うな!」
シャー、と尻尾を吊り上げて抗議をする友――ピオ。動きに合わせて茶色の長髪が振り乱れる。
「……まぁ、ちょっと待っててくれ。オサキに聞いてくる」
どうせ来たらあれこれ理由をつけて帰らないに決まっている。過去十一回の経験で瑛人は既に諦めていた。
「良いぞ、瑛人」
タイミング良く現れたオサキはケロっとした様子。彼女も慣れたもの――と思いきや、
「ピオよ、あまり母君を心配させるでない。〝うちの娘をよろしくお願いします〟と電話があったではないか」
どうやら話は既についていたらしい。
「なぁ――!? なんでバレてんだよ!」
「そりゃ、いつもわしらの家に来ておれば、誰だってわかると思うが……。まぁ、良い。瑛人、このまま返すのも友として恥ずかしい。今夜は泊めてやろうではないか」
オサキはそう言った。
大人な対応をしているようにも見えるが、瑛人からすれば友達とお泊まりということで嬉しくて仕方がないのが、尻尾の動きから丸わかりだった。
何しろ、
――オサキがこんなに物わかりの良いわけがない。
内心で呟きつつ、しかしここは逆らうとふたりがかりで攻められるのがオチ。瑛人は世の夫と同じく、慎ましく妻の言い分を聞き入れるしかない。
それこそが、家庭円満の秘密なのだ。
「わかった。とりあえず上がれよ、ピオ。荷物はそこに。ああ、タオル持ってくるから、土は落としておいてくれ」
「さんきゅー!」
夜の九時。
もう少しで寝ようかどうか迷う時間に来訪した友は、ニカッと太陽のように笑った。
これはただの平凡な物語。
妖怪と添い遂げた男の、何でも無い日常の一幕である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます