第7話「回覧板」

「瑛人、瑛人!」

 と何やら慌てた様子でオサキが駆け込んでくる。

 リビングでコーヒーを飲んでいた瑛人は、

「どうしたんだ?」

 と彼女を出迎えた。

「これ、これ。ポストに入っておったんじゃが」

「んん?」

 オサキが差し出したのは、一枚のボロボロになった回覧板だった。使い古されたバインダーはハゲかけているが、まだまだ使えるようだ。でも色あせた堅い表紙なんか、手で強く撫でるとそのまま取れてしまいそう。

「回覧板じゃないか」

「かいらんばん? 何じゃ、それは」

「貸してみ」

 とこととオサキが寄ってくる。彼女はそのままちょこんと瑛人の膝上に座る。顎に尻尾の毛先が当たってめちゃくちゃ痒い。

「尻尾、邪魔」

「むぅ、良かろうなのだ」

 へたる尻尾を無視して、瑛人はオサキの前でテーブルに回覧板を広げる。

「おお、紙がいっぱいじゃの。これ、お知らせかえ?」

 頷く。

 回覧板に挟まっていたのは、町内のイベント予定表と、何があるかのお知らせ、町内会の集金に、移動動物園とかのチラシだった。

 プリントを纏めているバネ部分には、十件ほどの苗字が連なっていて、瑛人の家の右隣までが判子を押している。見たという確認だ。

「読んだらここにサインするんだ。印鑑でもいいけど。で、まだサインの無い方に回す」

「ほうほう。おお、最後は元の家に戻るようになっておるのだな!」

「そゆこと」

「ならば任せよ。なにせわしは妻じゃからの! 目を通しまくるぞ」

「はいはい。頼むよ」

 よっぽどご機嫌らしく、へたった尻尾が再びぶわっと膨れあがる。毛先が顎が顎やら首に当たって痒い。

 まぁいいか、とコーヒーを三杯ほど飲んでいたら、オサキは全部読み終わったらしく振り返ってきた。

「のう、瑛人」

 お強請りするような瞳。目を潤ませ、紅潮しながら見上げてくるのは卑怯だと思う。

「サインしてもえぇかえ?」

「……? いいんじゃないか?」

 二つ返事で頷くと、オサキは「わかった♪」と言ってペンを手に取った。

 彼女が書いたのは、狐の可愛いイラストと苗字。

 可愛いからいいか。

 そんなことを思いつつ、瑛人はオサキと一緒に次の家のポストに回覧板を入れた。


 これはただの平凡な物語。

 妖怪と添い遂げた男の、何でも無い日常の一幕である。

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