第6話「家庭菜園」

 家の裏手にある小さなスペース。

 それが、瑛人にとっては大切な場所だった。

「大きくなれよー」

 季節は初夏。

 六月ともなれば夏野菜を植える時期だ。二メートル四方の小さな菜園には、しし唐、モロヘイヤ、こまつなが植えられている。更に、西日の当たる窓には、ニガウリも植えている。

 瑛人にとってみれば、趣味と実益を兼ねた家庭菜園なのだが、オサキはどうにも近付きたがらない。

 というのも、

「虫は、虫はおるかえ!?」

「いないから。そんな遠くから訊かなくてもいいんだぞ?」

 裏の勝手口から顔だけを覗かせている。

 夏も近いとあって、虫も良く見かけるようになってきた。

 行列を作っている蟻はともかくとして、細長く体に足が沢山あったり、台所を中心に出てくる黒い天敵など、見かけた瞬間に取り乱す始末だ。

 気持ちはわかる。しかし後始末は全て瑛人の仕事。

 それが、この家での絶対ルールなのだった。

「もっと近くに寄ったらどうだ?」

「嫌じゃ!」

 オサキは一瞬の迷い無く切り捨てる。

「収穫しようと思ったら、手に乗ってくるんじゃぞ!?」

 まだ植えたばっかりなんだが。

 瑛人はちらりと視線を家庭菜園へと向ける。

 ぴょこっと生えた苗がいくつかあるだけ。虫の気配は、地中の方が多いんじゃないだろうか。

「大丈夫だって。虫はいないから」

 瑛人は苦笑を浮かべる。

「………………ほんとか?」

「ほんとほんと」

 おそるおそると言った様子で、オサキが勝手口から姿を現す。白いエプロンを身につけているが、少し汚れている。手でも拭いたのだろう。

 歩いても一分とかからない距離を、数分の時間をかけて辿り着いたオサキは、開口一番、「この葉っぱ、食えるのかえ?」

「食えねぇよ」

 まだ若い小松菜の苗を見て、そう言った。

 瑛人は、しし唐を突っ込んでやると硬く心に誓った。


 これはただの平凡な物語。

 妖怪と添い遂げた男の、何でも無い日常の一幕である。

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