第5話「外食」
外食。
それは魔の響きを持った言葉だと、瑛人はいつも思っている。
独り身の社会人では、弁当を作るのが面倒だったりすると当たり前のようにするが、それは都会に限った話。田舎では、弁当を作るのが面倒だからといって、近くに食べに行こうとはあまりにならない。
何故なら、店が無いから。
そんな悲しい現実にそっと蓋をして、コンビニで弁当を買うのが独り身社会人の基本なわけだが、憧れていないわけではない。
――オレ、ちょっと外で飯食ってくるわ。
その言葉を言いたい田舎の社会人は、思っているより多いというのが瑛人の認識だ。
だから、郊外のショッピングモールのフードコートで、
「ついでじゃ、ここで食べるか、瑛人」
とオサキに言われた瞬間、
「わかった。愛してる」
「にゃ!? ぬなななななな!?」
と瑛人が思わず口走っても仕方が無いというもの。
内心でガッツポーズを決めて、瑛人はさっそくフードコートや食事処が並ぶ通りへ目を向ける。
通路の開けた一番奥には、世界的に有名なハンバーガーショップやチキンショップ、丼にうどん、ステーキ屋。そこへ至るまでに、店舗を構えた店がいくつもある。
「はにゃあ……瑛人、なんでもいいぞ♪」
何やらご機嫌な様子のオサキだが、瑛人はそれどころじゃない。
何て言っても外食だ。
しかも妻から散財しても良さそうな雰囲気すら漂っている。
普段、財布の紐を握られている瑛人にしてみれば、食べられないものを食べられる絶好のチャンスなのだ。
衣食住。
人間が暮らすのに必要な三大要素の内、全て満たされている自信はあるが、贅沢して悪いとうものでもない。
つまり、
「ステーキにしよう」
男ががっつり肉を所望したとて、何がおかしいのか。
「だめじゃ、高いじゃろ」
むべなるかな。女性は一瞬にして現実へと引き戻す。
オサキに一蹴さされ、瑛人は泣く泣く世界的に有名なハンバーガーショップへと向かう。
「瑛人、ほれ。お前様はこっちじゃろ?」
しかし、彼女が指さしたのは、却下したはずのステーキ屋。
何故? WHY?
疑問が渦巻く瑛人へ、オサキは言った。
「いつも働いてもらっておるからの。わしからのご褒美じゃ。なに、代わりにわしははんばーがーで構わん。新しい味もあることだしの」
天使か。
瑛人は感動の余り、オサキを抱きしめる。
「あにゃあ! ば、ばかもの、こんな場所で抱きつきでないわ!」
オサキの悲鳴が、耳に心地よかった。
もちろん、ステーキもばっちり美味しかった。
これはただの平凡な物語。
妖怪と添い遂げた男の、何でも無い日常の一幕である。
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