第4話「台風」
それは、ある秋が深まりつつあった人のこと。
「台風だな」
「台風じゃの」
本州直撃の予報図を放送する番組を見ながら、瑛人とオサキは呟いた。
予報では明日が再接近とある。つまり、ふたりにとってはこの一週間ほど飽きるほど見た情報なわけだが、とりあえず何となく呟いてみた――そんな午後のひとときである。
しばし無言で珈琲を飲んでいた瑛人だったが、
「食材、買い込むか。結構勢力が強いみたいだし」
数値では中心気圧が九百ヘクトパスカルへと近付かんとしている。台風の気圧は数値が減るほど強いと言われているが、実際はそうではない。台風の勢力は、気圧の傾斜で決まる。つまり、中心気圧が低いほど周囲から大気が勢い良く流れ込むため、風が強くなるわけだ。
「瑛人、少し前にこの辺り、氾濫せんかったか?」
「あー」
そういえば、氾濫した。川沿いに作られた公園が飲み込まれて、フェンスを全て川に流れていた。防風林となっていた竹林も、根こそぎ倒れていたこともある。
「うちは高台にあるから大丈夫だとは思うけど、心配っちゃ心配だな。せっかく直ったのになぁ」
「しばらく町内運動会はお預けじゃの」
「だな。じゃ、準備するか」
「うむ」
雨脚はまだそれほど強くない。瑛人はオサキからお金を貰い、近くのスーパーへと車を走らせる。
時間にすれば一時間ほどか。
家に戻った瑛人は、びしょ濡れになりながら、買い物袋を置く。
「お疲れじゃ。温めてやろうかえ?」
しなを作るオサキに、
「いや、雪見だいふくが溶けるから後でいい」
「むきー! じゃが雪見だいふくは大事じゃ。致し方あるまい!」
ふたりでせっせと冷蔵庫に入れる。
「そういや、川、氾濫してた」
「なんと!? 大変ではないか! ご近所さんは大丈夫かの」
「まぁ、公民館に避難してるだろうし……っと、さっそくの放送だな」
遠くから、町長の放送が木霊する。
「瑛人、なんだか皆、のんびりしておるのぉ」
オサキが呆れながら言う。
「まぁ」
と瑛人は肉を冷凍室に収め、言う。
「みんな慣れてるからな。昔は豚小屋が流されて、豚が下流で浮かんでたって話もあるくらいだし」
あー、シャワー浴びるかと瑛人はふやけた靴下を脱ぐ。
その傍で、
「人間は……たくましいのぉ」
とオサキが苦笑を浮かべ、
「なら、わらわもたくましくあらねばの♪」
買ったばかりの雪見だいふくをさっそく冷凍庫から取り出すのだった。
これはただの平凡な物語。
妖怪と添い遂げた男の、何でも無い日常の一幕である。
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