第2話 ごみ捨て

「瑛人~、明日って何の日じゃあ?」

 勝手口からそんな声が聞こえ、瑛人は食器を洗っていた手を止めてカレンダーに目を向けた。

「燃えるゴミ」

「わかった~」

 そしてがさごそという音。

 勝手口の外に、市指定のゴミ袋が積んであるので、それの音だろう。

「臭ぁ! 瑛人、めっちゃ臭いぞ!」

 くはー、と酒を飲んだ酔っ払いの如く悲鳴を上げて、オサキが中に駆け込んでくる。

 そして、

「手を! 手を洗わせてくれぇ」

 涙ながらに訴えてくる。

 無言で譲った瑛人の隣で、オサキは背伸びしながら必死に手にハンドソープをこすりつけていた。商品名のように綺麗になればいいと他人のように念じてやる。

「何がそんなに臭かったんだ?」

 何とはなしに訊ねると、オサキはくわっと目を見開き、

「生ゴミじゃよ!」

 と犬歯をむき出しにして言った。

「ああ、あれか。そんなに臭かったのか?」

「臭いわ戯け! 水くらい切らんか、臭いの元になるじゃろうが! 否、それだけではない。小ハエも飛ぶし、良いことないではないか。というかじゃな、生ゴミは肥料にすると何度言えば――」

「ああはいはい、わかったわかった」

 また始まった。

 瑛人はうんざりしながら洗い物を再開する。

「いーや、わかっとらん!」

 水を止められる。

「何が?」

 水を出す。

「家庭で作る野菜というのは案外バカにならんというに。時間こそかかるが、手間暇かけて作った野菜には愛情がこもって美味しいし、何より栄養もある。お金だって節約できる。そのためにも肥料は必要なんじゃ!」

 水を止められる。

「いや、わかるけどさ……いいじゃないか、ちょっとくらい」

「そう思うのなら水を切らんか!」

「もうわかった。じゃあ今回のゴミは俺がやるから」

「ほんとか!?」

 ぴょこん、とオサキの耳が立つ。

 結局臭いが嫌だっただけじゃないのかこいつ。

 瑛人は嘆息しながら、手をタオルで拭いた。

「じゃあ、後はよろしく。割るんじゃないぞ?」

「任せよ!」

 鼻歌を口ずさみ始めたオサキを背に勝手口から外に出ると、早くも小ハエがたかっていた。瑛人は眉ひとつ動かさずにキンチョールを散布し、ゴミ袋を閉じて燃える袋の数を確認した。

 一、二、三、四……なかなかな量だ。

「こりゃどっちにしろ俺が行くハメになってたか」

 独りごちて、一輪車を取りに行こうとした瑛人の耳に、

「にゃああ! コップがぁっ!」

 何か大きな音と共に悲鳴が聞こえ、瑛人は大きく嘆息したのだった。

 今度から片付けは自分がやろうと、堅く心に誓ったのだった。


 これはただの平凡な物語。

 妖怪と添い遂げた男の、何でも無い日常の一幕である。

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