ロリババアとイチから始める新婚生活

あさき れい

第1話おかえり♪と出迎えてくれたのは愛しのロリババアでした

 唐突な話をするが。

 仕事とういものは、本当に疲れるものだ。

 だからこそ、仕事帰りというのはかくも魅力溢れる光景に変わるのだろうと、石動瑛斗いするぎえいとは実感していた。

 と言っても寄り道なんて贅沢なものはできない。せいぜい、最寄りのコンビニでお気に入りのお菓子やアイスを買うくらい。たまに新商品で美味しそうなのがあると、少し嬉しくなる。給料日に奮発してハーゲンなダッツを買ってみる。そんな小さな贅沢だ。

 瑛斗の住むここ大月市は、電車に二十分ほど揺られれば都会に出られる、所謂ベッドタウンと呼ばれる市に位置づけられる。

 だけどそれも駅前だけ。

 駅から少しでも離れれば、田んぼが地平線まで続く田舎の町並みが広がっている。

 主な交通機関は車。バスは一時間に多くて三台。

 良く言って牧歌的。悪く言ってクソ田舎。

 どっちも大して変わらない。

 若者には住みにくい町。退屈で退屈でたまらない、そんな町。

 そんな町に唯一あるコンビニ。

「あいつ、喜ぶといいんだけど」

 瑛斗は駐車場に止めた銀のジムニーに乗り込んだ。青い炎のようなステッカーが目印の、どこでも見かける車体だ。

 ちらりと視界に写ったサイドミラーには、平々凡々な新社会人の男が小さな笑みを浮かべている。

「いかんいかん。変な人と思われる」

 田舎は噂も早い。

 瑛斗は独りごちてドアを閉め、キーを回す。軽快にかかるエンジンと共に車道に向かってハンドルを切った。

 瑛斗の家は、コンビニから更に十五分ほど車を走らせた場所にある古い日本家屋だ。最寄りのスーパーはもっと遠い。

 帰り道を急ぐ車に混じって運転することしばらく。あちこちから夕餉の賑わいが聞こえてきそうな明かりが家々の窓から見える中、瑛斗は自宅へ着いた。

 広い庭だ。都会の友人には羨ましがられるが、実際は手入れに手間がかかるだけで面倒くさい。

 瑛人は慣れた手つきで車庫に車を止め、コンビニ袋とビジネスバッグを手に玄関へ向かう。

 ――と、

「おかえりなさいませ、旦那様♪」

 ドロン。

 三つ指ついて頭を下げる幼女が煙と共に現れる。

 奏でる声は鈴の如し。身に纏うのは橙の割烹着。

 頭にはピンと立ったふたつの獣耳。そして、幼女と見紛う体軀に金色の二房の尻尾。

「恥ずかしいからやめてくれ、オサキ」

 瑛斗が赤くなりながら言うと、オサキは満面の笑みを張り付けていった。

「嫌じゃ。だってわしらは新婚ではないかっ♪」

 そうして、靴を脱ぐのを待つのももどかしいとばかりに瑛斗の腕に飛びついてきた。

「まったく……ほら、割烹着が汚れてるぞ」

「むむ、ほんとかえ? どこじゃどこじゃ。取ってたも」

 ふたりの姿は、仲睦まじく家中へ消えていく。

 その姿は、どこまでも幸せそうで――。


 これはただの平凡な物語。

 妖怪と添い遂げた男の、何でも無い日常の一幕である。

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