第二部
第1話 おしるこ・スイート・ビター
第1話 おしるこ・スイート・ビター 01
『灰の街』には今日も灰が降っていた。地面にへばりつくような位置に輝くネオンは不安定に瞬き、人々は防灰コートを着込んで、うつむきがちに街を行きかう。
いつも分厚い雲に覆い隠されて太陽の見えないこの街にも季節は存在し、季節が存在するということは一年も存在する。
これは、そんな一年の終わりと始まりの話。
甘い匂いの思い出と、粉雪のちらつく今の話。
*
スーパーマーケット『ナミンヤ』。
その一角でトシヤは袋に入った小豆を睨みつけていた。右手には量は少ないが良質な豆、左手には量が多い代わりに傷物の豆が握られている。
「トシヤー! おかし決まったー!」
お菓子を持って走り寄ってくるのはトシヤの相棒の少女、ミィだ。ミィはトシヤの足元で立ち止まると、おまけつきの飴を掲げてみせた。いい子なので、きっちり予算以内のお菓子だった。
トシヤとミィは、この街の裏で秩序を守る特務課のエージェントだ。二人は捜査のために常に一緒に行動し――時にはこうしてスーパーに買い出しにも出かけるのであった。
ミィはトシヤの持つ買い物かごの中にお菓子を入れると、トシヤが真剣に見つめる二つの袋を見比べた。
「トシヤ、悩んでる?」
「そりゃあ一年に一度の帰省だからな。悩みもする」
「きせい?」
「……ああ、そういえばお前を連れて帰るのは初めてだったな」
トシヤは小豆の袋から顔を上げて、ミィを見下ろす。
「帰省っていうのは、自分の両親に会いに行くって意味だ」
「りょーしん……?」
ミィは訝しげな目をトシヤに向ける。
「トシヤってりょーしんいたんだ……」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
トシヤはむっと顔をしかめながら答えた。
「いるに決まってるだろう。人間なんだから」
「そっかあ」
納得がいかないという顔でミィは俯き、それからバッとトシヤを見上げた。
「あのねあのね、ミィはりょーしんいないよ!」
「そりゃあネコだからな」
ネコは人工的に作られた化物だ。仮に両親がいるとするなら培養槽がそれにあたるのだろう。
結局、量が少ない方の小豆を買い物かごに入れ、トシヤは無人レジへと向かっていった。
どうせ二人分しか作らないのだ。量が少なくても問題ないだろう。
そんなことを思いながら。
*
『灰の街』北西の寂れた住宅街。この辺りに広がっていた工業地帯が街の方針で閉鎖され、もうほとんど人気のなくなったその街に、トシヤの生家はあった。
かつては商店の建ち並んでいた道にも、今やぽつりぽつりと明かりが灯るのみで、すれ違う人もまばらだ。トシヤとミィは軽く手を繋ぎながら、そんな道をゆっくりと歩いていった。
ミィはきょろきょろと周囲を見回すが、本当に辺りは寂れてしまっていて、街の中心部でよく見るネオンすらもほとんど見かけない。
二人は商店街を突っ切り、細い道を右に曲がり、やがて少しだけ歩いた場所にある民家へと辿りついた。
トシヤは慣れた手つきでキーケースから取り出した鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと扉を引き開けた。
「ただいま」
「おじゃましまーす」
おそるおそるといった様子でミィはドアの向こうを覗きこむ。ドアの先に続いていた廊下はしんと静まりかえり、床にも厚くほこりが積もってしまっている。
用意していたスリッパを履きながら、ミィはトシヤの顔を見上げた。
「トシヤのりょーしんいないよ?」
「ああ、そうだな」
優しい顔でトシヤはミィの頭に手を置く。その表情の意味が理解できず、ミィは頭を押さえながら首を傾げた。
トシヤはスリッパを履いて、奥の部屋へと歩いていった。二人分のスリッパの足跡が廊下についていく。
奥の部屋は畳敷きになっており、その中心には小さな仏壇が鎮座している。
引きずり出してきた二人分の座布団を仏壇の前に置いて、二人はその上に正座する。ミィは不思議そうな顔でトシヤの表情を窺い、それを気にせずにトシヤは仏壇に置かれた写真に話しかけた。
「――ただいま、母さん」
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