最終話 ごちそうさま。お代は全てあちらの方に。 03

 5歩ほど離れた場所で、トシヤとアマトは睨みあう。トシヤは相変わらず両手で銃を構え、アマトは右手に握った銃を動かすかどうか迷っているようだった。


 どうするか。アマトは普段はああだが、射撃の腕はかなりよかったはずだ。銃を向けられたら競り負けるかもしれない。ならば、銃口を上げる前に対処を――アマトを撃つしかない。だが、撃てるのか、俺に?


 苦々しい表情のままトシヤは逡巡する。トシヤをじっと見つめていたアマトは、身構えたまま口を開いた。


「先輩、嘘ですよね。俺たちを裏切ったなんて……」


 今にも泣き出してしまいそうな情けない表情でそう問われ、トシヤは瞠目する。そして、どう答えたものか数秒悩んだ後、トシヤはアマトに銃を向けたまま答えた。


「ああ、そんなものは嘘っぱちだ。俺は誓って、特務課に追われるような真似はしていない」


 今度はアマトが瞠目する番だった。アマトはきょとんと目を数度ぱちぱちと瞬かせると、ふっと脱力してしゃがみこんだ。


「そう……っすよね。そうっすよね! あーびっくりしたぁー」


 右手に握っていた拳銃をさっさとしまい、アマトは両手で顔を覆って笑っているようだった。トシヤは咄嗟に反応できず、銃を構えたままそんなアマトを見ることしかできなかった。アマトはトシヤの視線に気づいているのかいないのか、あっけらかんとした表情でトシヤに尋ねてきた。


「それでこれからどうするんすか、先輩? 今は情報集めの最中っすかね?」

「……信じてくれるのか? お前は俺たちを追ってきたんだろう?」

「そりゃ信じますよ。俺を誰だと思ってるんすか」


 銃を下ろしながら尋ねると、アマトはぴょんっと立ち上がり。偉そうに胸を張った。


「先輩の愛すべき後輩、テンジョウ・アマトっすよ?」


 その様子に呆気にとられた後、トシヤはアマトのことを半目で見た。


「格好つけてるところ悪いが、これでお前もお尋ね者なんだからな」

「ええっ!?」


 大げさに驚くアマトに、トシヤは一度大きく嘆息する。


「……俺たちに脅されて仕方なく協力させられてたって体にしておけ。それか今すぐここを出て、何食わぬ顔で本部に戻るんだ。わざわざお前まで追われる側になることはない」


 するとアマトはむっと軽く頬を膨らませた。


「……いやです」

「なんでだ。こちら側についても、お前の嫌いな『怖いこと』だらけだぞ」


 アマトは一瞬俯き、ぶるりと体を震わせる。しかし次の瞬間にはぶんぶんと首を横に振ると、力強い眼差しでトシヤを見た。


「そ、それでもいやなものはいやなんです。うまく説明できないっすけど、いやなんですー!」


 駄々っ子のようなその様子に、トシヤは呆気にとられ――それから妙に可笑しくなってきた。トシヤは大きくため息を吐いた。


「ヤバくなったら逃げるんだぞ」

「勿論! お任せあれ!」


 アマトは再び嬉しそうに胸を張った。その様子がやっぱり可笑しくて、トシヤが少しだけ噴き出すと、アマトもそれを見て満面の笑みになった。


「じゃあ俺とりあえず、当面の食料とか調達してくるっすね! 奥にロウさんもいるんすよね?」

「ああ、二人分を頼む」

「俺も入れて三人分っすよ! いってきます!」


 ばたばたと足音を立ててアマトは入口のドアから出ていく。トシヤは銃をしまいながら、奥の部屋へと戻っていった。


 奥の部屋では応急処置が終わったらしく、ベッドからロウが体を起こしている。傷は思ったよりも深いようで、ベッドの脇の机には血だらけのガーゼが散らばっていた。


「騒がしかったが……誰か来たのか?」

「アマトです。どうやら協力してくれるみたいで」

「ほう、あいつビビりのくせにまたなんで」

「知りませんよアマトに聞いて下さい。それより、これからのことなんですけど」

「ああ、それについて今話そうと思ってた」


 ロウは顔をしかめながらベッドの隅に腰掛け、トシヤと向かい合った。その顔色はとても悪い。


「単刀直入に言う。俺たちにはミィと17番を売り渡し、自身も薬を服用した容疑がかけられている」

「なっ、売り渡した……!?」


「情報屋の情報によると、見つけ次第射殺しろという命令が出ているらしい。ミィと17番は行方不明。だが自分の意思で逃げたなら俺たち情報屋にコンタクトを取ってくるはずだ。ということは……」

「身動きができない場所にいるか、誰かに連れ去られたか、ですね」


 ロウは頷いた。


「例のネコを狙う連中絡みですかね」

「だろうな。だが、今回のこれは恐らく――いや、何でもない。忘れてくれ」


 ロウは顔をしかめると、きょろきょろと辺りを確認して、そうやって言葉を濁した。一体どういう意味なのか。トシヤがそれを尋ねようとしたとき、情報屋の入口の方からがたりと物音が聞こえてきた。


「……見てきます」


 小声で言い、トシヤはゆっくりと手前の部屋へと歩みを進める。その手は銃にかけられ、いつでも抜ける状態だ。一歩一歩、慎重に歩いていき、物陰からそっと入口の方を覗きこむと、そこにいたのは――ついさっきここを出ていったアマトの姿だった。


「アマト? 早かったな」


 トシヤは立ち上がり、アマトに近付こうとする。アマトは引きつった顔で震えながらそれを迎えた。

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