第7話 人魚肉の焼肉ぱーちー 04
受付を済ませて中に入ると、会場は既に人で溢れていた。右を見ても左を見ても、見るからに高そうな服を着た人々が立っていて、アマトは少しだけ自分の恰好がみずぼらしくはないかと恥ずかしくなって俯いた。
「わぁ!」
対して隣に立つミィは、きらびやかなパーティの様子に目を輝かせているようだった。――いや、違う。その視線をよくよく追ってみると、ミィが見ているのはテーブルの上に並べられた色鮮やかな料理の数々のようだった。
「トシヤ、トシヤ!」
ミィははしゃいだ様子で料理を指さしてトシヤを呼ぶ。トシヤはちらりとミィを見た。
「駄目だぞ。今日は仕事で来てるんだ」
「えっ」
「今日は、料理は、なしだ」
「……はぁい」
渋々といった顔でミィは引き下がる。その直後、パーティの主催者からの挨拶があり、客たちは一人また一人と料理に手をつけていった。
そういえばこのパーティの主催者は大手食品会社の社長だったか。つまりここに集まっているのは、恐らく自分たちではそうそう手の届かない高級食材や珍味ばかりということになる。見るからに美味しそうに料理を口に運んでいく周囲の客たちを見て、食にあまりこだわりのないアマトですら、生唾をごくりと飲みこまざるを得なかった。
ましてや食道楽と名高い隣のネコには、それは想像を絶する苦痛のようで。
「トシヤぁ……」
うるうると涙をいっぱいに目にためながら、ミィはトシヤを見上げる。その様子は見るからに哀れで、ネコが怖くて仕方がないアマトですら、同情しかけてしまうほどのありさまだった。それでも一人で駆け出してしまわないのはよく躾けられた証なんだろうか。
「……仕方ないな」
トシヤは大きくため息を一つ吐くと、アマトの肩をぽんと叩いた。
「アマト、しばらくミィを頼む。ミィ、警戒は怠るなよ」
「えっ、ええっ!?」
「はーい!」
そのまま料理を取りに行ってしまうトシヤを、アマトは絶望的な眼差しで見送った。よりにもよってネコと二人きりで置き去りにされるだなんて。先輩の鬼! 悪魔!
内心悪態をつきながらアマトはおそるおそる隣のミィを見やる。視線を向けられていることに気付いたミィは、こちらを見上げてきょとんと首を傾げてきた。アマトはビビりながら無理矢理引きつった笑みを作ってそれに返すしかなかった。
「ええと、なんていうか、その」
「んー?」
ミィはますます不思議そうな顔をして、アマトを見た。アマトは背中に冷や汗をびっしりかきながら、視線を泳がせた。ミィはじぃっとアマトを見つめた後、ふと何かに気付いた顔をした。
「アマトもごはん食べたいの?」
「え」
「大丈夫だよ! ミィのやつ、分けてあげる!」
満面の笑みでそう言われ、アマトは答えに窮した。どうしよう。どう答えるべきだろうか。相手はネコだ。断って機嫌でも悪くされたら怖い。めちゃくちゃ怖い。ていうかなんでネコとふたりきりにさせたんですか先輩早く帰ってきてくださいよ!
十数秒の沈黙の後、一稿に答えを返さないアマトにミィはもう一度問いかけた。
「アマト?」
「えっ!? えっと、あ……あざっす! ゴチになります!」
アマトはミィに対して勢いよく頭を下げた。ミィはそれに驚いていたし、周囲の人々も微笑ましそうにくすくすとその様子を笑っている。アマトは羞恥で顔を上げられないまま、固まっていた。
「何をやっているのですか、テンジョウ・アマト捜査補佐官」
冷え冷えとした声がすぐそばから響き、アマトは勢いよく顔を上げる。そこにいたのはアマトの上司に当たる女性、トガクだった。
「ト、トガクさん!?」
「……ああ、ナメキ・トシヤ捜査官が言っていた特務部の人員とはあなたですか。確かにあなたならばどんな状況にも対応できそうですね。あなたは優秀ですから」
「ゆっ、ゆゆゆゆ優秀!?」
思わぬところで会った想い人に唐突に褒められ、アマトの思考は一気にパンクしそうになる。顔は真っ赤に染まり、心臓は暴れまわって今にも破裂しそうだ。
「何を動揺しているのですか。現場で上司に会ったぐらいで大袈裟な」
アマトのそんな変化にトガクは気付かないまま、目を細める。当然といえば当然だが、今日のトガクはパーティドレス姿だった。しかもぴったりと肌に張り付いて体のラインが見えるタイプの。普段では絶対にお目にかかれないそんな姿にアマトはもはや何の言葉も返すことが出来なくなっていた。
「まあいいでしょう。こちらは任務をこなしてくれればそれでいいのです。くれぐれも、よろしくお願いしますよ」
あくまで冷静にそう念押しをすると、トガクはアマトの前から去っていった。アマトがその後ろ姿をうっとりと見つめていると、入れ違いでトシヤが戻ってきた。
「何やってるんだ、アマト。すごい顔だぞ」
「お、遅いですよ先輩ぃ……」
泣きそうな顔でアマトはトシヤに縋り付く。両手に皿を持ったトシヤはそれをひょいと避けた。
「俺がどれだけ緊張したと思ってるんですか!」
「悪かったよ。ほら、お前の分」
「こんなものじゃ誤魔化されないんですからね!」
とはいいつつもアマトは差し出された皿をしっかりと受け取り、怒りながらも料理を口に運んだ。そして数分後には機嫌をすっかり直してもぐもぐと料理を食べるアマトを尻目に、トシヤは周囲に視線を走らせる。
歓談する人々。オークションの準備で人が行き来している檀上。部屋の隅には楽器ケースを持った楽団。
今のところ怪しい人物は見当たらない。だが、この中にきっと人魚の肉を狙う奴らがいる。
ミィに差し出された肉を一口だけ食べながらトシヤは油断なく待ち、そしてオークションは始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます