「兄様!」

 アジトの入り口で、半壊状態……ボロボロのコウガを見つけ、アルフィーネは目を見開く。彼の腕には小さな男の子と女の子を抱えていた。

「なんとか、生きてるよ……オレも、こいつらも」

 そうは言うが、疲労と極限の状況に晒されていたせいか、二人とも顔色が悪く、特に男の子の方は、右側の肘から下が無く、意識も朦朧としていた。

「兄様……悪い知らせがあります。……妖魔が、侵攻をはじめました」

「だろうな。この混乱……アリストリアル総督府と連絡がつけようのないこの事態、あの二人が黙っちゃいないだろう」

 アリストリアル総督府には、ワタルがいる。クシアラータで反乱が起こり、ラディアータが侵略されて半年……コウガはすべてにおいて、後手に回りっぱなしだった。

 この頃から、コウガには人間に対する不信感が芽生えていた。

 あの時、自分はなんのために、文字通り命をかけて、妖魔から人間を守っていたのか。

 なんのために、ミレイが人身御供として、妖魔王の花嫁になったのか。

 なぜ、シエルが妖魔王になってしまったのか……。

 たった二十五年で、全部、無駄にしやがって……。

「妖魔の侵攻具合は? あと、フォルはどこにいる」

 コウガは地図を広げながら、妹に問う。フォルというのは、コウガの弟、フォルテ・ピースホープのことだ。

「フォルテ兄様はクシアラータ本国に潜入中です。定期的に連絡があるので、とりあえずは無事ですわ。妖魔の進行は、元アリストリアル帝国領内が主ではありますが……その……」

 言い淀むアルフィーネに、コウガはいぶかしげに問う。

「どうした?」

「ラディアータの、月読の森近辺からの連絡が、完全に途絶えているんです」

 月読の森は、月晶族の住まう地。かつて、シエルと最後に会った、あの森である。

 嫌な予感がし、コウガは身震いをした。

「あの……兄様」

 そんな中、言いにくそうに、アルフィーネが口を開いた。

「実は、シエル様について、こんな話をきいたんです……ソフィア様から」

 思いもよらぬ名前をきいて、コウガは思わず立ち上がった。

 そして、彼女の口から聞かされた事実に、愕然とすることになる。

「混乱の元になるため、あまり口外はされませんでしたが、幼い頃、ソフィア様を育てていたのは、シエル様だったそうなのです」


 ソフィア=セレニタス。

 シエルを殺した、あのバーンの娘。

 銀髪銀眼の月晶族の中で、純血でありながら黒髪黒眼をもって生まれた忌み子。

 月晶族特有の白い肌に、整った顔立ちの美しい娘ではあるが、実父に疎まれ、赤子の頃に受けた虐待により、顔を含めた左半身に、大きな火傷跡を持つ、可哀想な子。

 そして、先日の反乱で処刑された、クシアラータ皇帝シオン=ルドルディに見出され、彼の皇后となっていた、気高き逆転の乙女シンデレラ……。

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