「テスト」放送室より

@tea55555

「テスト」放送室より

 マイクの電源をオンにする瞬間、いつも、学校の支配者になった気分を味わう。

 当然、これから校舎の人間全てを、民衆に見立てて演説するわけではないし、「今から皆さんにはゲームをしてもらいます」みたいな悪役の台詞を言うわけでもない。

 私は事前に用意した台本を、声に出して読む。

 「皆さんこんにちは。10月10日、お昼の放送の時間です。10月10日は眼鏡の日と言われ――」

 抑揚をつけて歌うようなイメージを心掛ける。私の好きな時間だ。

 

 

 放課後、放送部の集まり。お昼の放送は部員全員で順番に廻しており、内容は皆で決めている。

 明日の放送内容を考えるのに難航していたが、天気の話をしよう、という安全圏に落ち着いた。天気はいつでも簡単にできる話なので、つい使ってしまいがちだ。塩コショウみたいに日常使いできるけど使い過ぎるのは良くない。

 また明日の案も考えておくように、と部長が言って終わろうとしたら、広瀬君が手を上げた。

 「最近旧校舎の方で、放送が聞こえづらいことがあるんですが…」

 他の部員も同じ違和感を持っていたようで、次々に声が上がる。

 答えを探るべく、私以外が校舎のそれぞれに散らばり、放送音の違いを確かめることになった。

 皆が所定の位置に着いたであろう時間に、私はマイクのスイッチを入れる。

 ONのランプが赤く光っているのを見るとどうしようもなくどきどきしてしまう。私の声が校舎中に広がるのを想像するからだ。

 そんなときこそ自信を持って、そう、それこそ演説する王様のように。

 「テスト、テスト。ただ今マイクのテスト中。テスト、テスト。ただ今マイクのテスト中。」

 続けて言ってみたり、間をおいて言ってみたり。何か変化はあるのだろうか。

 「これにてテストを終了します。」

 一拍おいて私はマイクをオフにした。

 

 戻ってきた皆の話から、やはり旧校舎の音が弱いような違和感があるらしいことがわかった。

 部長が先生に伝えておくことになり、後は帰りの放送を私が務めるだけとなった。

 「部活動で残っている皆さん。間もなく校舎が閉まる時間です。忘れものがないようにして、気をつけて帰りましょう」

 

 一日最後の放送を終え、帰る途中、広瀬君に呼び止められた。

 「片桐先輩」

 彼は走ってきたのか、少し息が荒い。

 「ど…どうしたの?」

 「いえ…ちょっと話したくて」

 私は足元に目を向ける。広瀬君の靴が並んで見えた。私のと比べるとやはり大きい。

 「先輩のお昼の放送…良かったです」

 「…良かっ…た?」

 思いがけない言葉に、間の抜けた返事をしてしまった。

 「はい!昨日の時点でしっかり考えてたし、面白いし、すごいなって」

 広瀬君のはきはきした喋りに居たたまれなくなる。私は…。

 「それに、先輩の…」

 「っあ、あの、私、急ぐね。また明日っ」

 言葉を遮って私は駆け出す。逃げるように、いや…。

 逃げ出したんだ。

 

 なんであんなことをとか、わけわからないとか、まじでありえないとか、後悔は先に立たないから航海は旋回しないとか。

 枕に突っ伏して、とにかく落ち込んでいた。

 男子と二人で話すことが苦手、というより人見知りなのだが、治したくて放送部に入ったのに、どうにも上手くいかないようだ。

 広瀬君に謝らなければいけない…。せっかく褒めてくれたのに、お礼も言わず逃げるなんて。

 しかし面と向かって言える気もしない、どうしたらいいか…。

 明日広瀬君に直接…話を聞いてくれるだろうか。避けられるかもしれない。いきなり逃げる変な奴だと…。

 考えるほど深みにはまってしまう。

 一晩悩んでとりあえず思いついた策。今思えば、この策を実行したのは失敗だった。

 

 朝、放送室に向かう。

 開いたドアの内は静謐と無機質。

 この部屋は私を、最も自信に満ち溢れた私にしてくれる。…こんな感覚をどこでも持つことができるようになるためには、部屋を広げるか、心が閉じ籠っている部屋を打ち破ればいいのだろうか。

 まだ朝礼の放送まで時間がある。私は慣れた動作でマイクを点ける。

 深呼吸し、語りかける。

 「…広瀬誠真君、至急放送室まで来てください。繰り返します…」

 私はマイクの前に座ったまま、彼が来るのを待った。緊張する。しかし不思議なもので、放送室の中で異常な緊張はない。だからこそ、ここを選んだわけだが。

 後ろの戸が開く音がした。

 「先輩?」と広瀬君の声がする。

 「どうしたんですか?」

 私は朝から何度も読んだメモを、いつもの、放送するときの調子で音読した。

 「広瀬君、昨日は申し訳ありませんでした。緊張して、お礼も言わずに逃げ出してしまったことを謝りたかったんです。ごめんなさい。それと、私の放送が良かったと言ってくれてありがとうございます。私はむしろ、広瀬君のよく通る声を羨ましく思っています。」

 メモを読み終わり、後ろを向く。彼の顔を見た途端に緊張の針が振り切れそうで俯いてしまった。

 「あっ、昨日…のこと謝りたくてそれで…ごめん、急に…」

 「僕はっ」

 広瀬君が上ずった声を出す。

 「僕は、片桐先輩の声が良いと思いつます。というか好きです。というか片桐先輩が好きです。」

 びっくりして顔を上げると彼は耳まで真っ赤だった。

 私はなんだか呆然としていたが、放送室の戸がノックされ、今日の放送当番が顔を覗かせた。

 「あのー…片桐さん、マイク、入ってます…」

 え"っ…、っと言ったのは二人ともだっただろう。確かに赤いランプは煌々として、私と広瀬君を青ざめさせたのだ。

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