第5話 反発と告白
「驚くのも無理ないかもしれないけど……、ほら前を見て!」
言われた直後、快琉の顔面に枝葉が豪快に叩きつけた。
ヒリヒリする痛みを我慢しながら付着した木の葉を手で拭いとる。
再び目を見開くと正面にベンの姿はなく、全体に苔がびっしりと生えた巨大な樹木が迫っていた。
左右で並行して走っていた快琉は僅かに柚子に目配せして、ハンドルをきり大きく左へ旋回して巨木を避ける。
再び進路を正面に調整してベンの背中を見つけたところで木を避けるために右へ進路を変えていた柚葉が横に並んだ。
「隠さなくていいから。
「う、嘘じゃない、けど……」
「見た目は?」
「ドラゴン、水の塊でできたドラゴンだった」
「水の竜……壬辰か。今年は2072年だし」
柚葉は真剣そのものの表情でぼそぼと独りごちると、小さく頷いた。
「確かに本当みたいね。早く対処しないと!」
「対処っていったい何する気だよ」
「今すぐ引き返してさっきの人を助けるのよ」
「ばっ、そんなの無茶だ!
「私だってまともに戦って勝てるとは思ってない。でも知識ならあるわ、
語勢はだんだんと弱くなり語尾は騒音によって快琉の耳に届かなかった。
柚葉の決断に自信が伴っていないことはわざわざ確かめるまでもない。
それでもすでに減速を始めた柚葉を止めるべく快琉は危険を承知で自身のスクーターを彼女のスクーターに密着する寸前まで近づけた。
「待って、それならゆずが行く必要なんてないんだ」
「どういう意味」
「ベンが
「それ本当なの!? 早く言ってよ」
「ただ、俺の言うことは信じてくれなかった。さっき言ったんだ、
「さっきと今では状況が違うじゃない。とにかく一刻を争うことよ、今度は二人でいけばきっと聞いてくれる」
快琉の返事を待たずにギアを上げた柚葉の背を追いかけて木々の間を疾走する。
風雨は依然として一定の強さのままだが、当然ながらスクーターの加速に伴って顔に打ち付ける雨粒がきつくなる。
同時に木の幹から飛び出した枝や茂み、朽ちた倒木などを避けるのにより高度な判断力を強いられる。
それらを自足で走りながら悠々とこなしていくベンの集中力が快琉には計り知れない。
先にベンの背中に追いついた柚葉が速度を調節しながら声をかけた。
「ベンおじさん!」
「どうした柚葉さん? 森はあと少しで抜けられるぞ」
「今すぐ引き返してください、
柚葉の口から
「カイルが何か吹き込んだのか。どうして私にそれを言う?」
「私の親は
「そうか……」
それきりベンは口をつぐみ再びを前に向き直る。
しかし走る速さを落とす気配はない。そこへ快琉のスクーターが左側から接近してきた。
「師匠! 信じてください、俺確かに見たんです!」
「それに快琉の言ってることは今年の干支とも一致してます」
両側から挟む形で快琉と柚葉がまくしたてる。
するとベンはついに観念したように肩を上下させた。
「すまんな、最初から疑ってはいなかった。カイルが見たのは
「じゃあ今すぐ引き返してさっきの人を助けましょう!」
「いや、私たちはこのまま先を急ぐ」
「なんで! 師匠は
「私はもう隠居すると決めたのだよ。それにさっきの彼女なら大丈夫だろう。彼女は
「そうなんですか!?」
「君たちは見なかったのか、泥で汚れてはいたが胸元に協会のバッジが付いていた。見たところ新人のようだったが彼女でも時間稼ぎくらいはできるだろう」
「時間、かせぎ……?」
「そうだ、彼女一人で倒せるほど
すべて筋が通っている。ベンの言っていることは論理が一貫していて間違っていない。
しかし快琉にはそれを分かっていてもなお何かが胸に込み上げてくる。
その思いは自覚もないままに言葉となって快琉の口から漏れ出ていた。
「逃げているだけだ」
「……私が、か。何から?」
「責任からも、俺からもっ!!」
「ちょっと、どうしたのカイル?」
とつぜん上がった怒り声に柚葉は戸惑いながらもなだめようと声をかけた。
しかし快琉の不満は誰にも止められない勢いで爆発する。
「今までだってそうだ! 俺は
「……カイル」
「本当はもう
それは快琉がベンに初めて見せる激情だった。
さすがのベンも無視するわけにはいかず唾を飲み込むが、返す言葉を見つけられないまま口を引き結ぶ。
その静寂の中、柚葉が短かく声を上げた。
「あっ森が」
一寸先の景色すら見通せないほど生い茂っていた樹木のカーテンが大胆に開け、広大な湖が視界に飛び込んできた。
人が滅多に来ない場所なのか湖のほとりには背の高い雑草が繁茂している。
一目では全体を捉えきれないほど広い湖は相当深さがあるのか暗い青色に染まっており、雨が忙しなく打ち付ける水面には数多の波紋が重なりあって荒い波と化していた。
水際まで数メートルを残してベンはようやく足を止めた。
「ようやく森を抜けたか」
「師匠! 説明してください、なぜ戦わないんです」
快琉がスクーターを乗り捨てるように乱暴に飛び降りてズカズカと詰め寄る。
今度のベンはそれをかわすことなく真っ向から快琉と対峙した。
額に深いシワを刻み、硬い表情で快琉と睨み合った後、ベンはまるで錆びた扉をこじ開けるように重く口を開いた。
「私には
時空超越の伝説継承者 三木十字 @Kaguya_tsukuyom
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