第3話 乱入と異変

「やっと見つけた! さぁこんな森の奥で何をしてたのか洗いざらい話しなさい!」


 森の茂みを掻き分け意気揚々と大声を上げて姿を現したのは柚葉だった。青と白が基調のはずのセーラー服には小枝や落ち葉がありったけ張り付いていて迷彩服にも見えてしまう。

 てっきり柚葉をくことができたと思い込んでいた快琉はその姿を見て動揺を隠しきれずに素っ頓狂な声をあげた。


「ゆ、ゆず!? どうしてここに!」


「カイルの嘘はお見通しだもん。あれからずっと後をつけてたのよ。まぁ一旦は途中で見失っちゃったんだけど」


「へ、へぇぇ。なんでわざわざこんな所まで……」


「それはこっちの台詞! さぁ一人でいったい何をしてたのか私に話しなさい!」


「俺はただ一人で……。って一人?」


 そう言えば話題に上がるはずのもう一人、要するにベンが会話に参加していないことに気がついて快琉は当たりをキョロキョロと見回した。


「どうしたの。突然キョロキョロしちゃって、――ってうわぁっ!」


「え、なにっ!?」


「ひとっ、人が倒れてる……」


 柚葉の震える指が差すその先に目をやると、草野の隅っこでうつ伏せに倒れているベンの姿があった。彼なりに隠れているつもりのようでピクリとも動かない。

 それを死んでいると勘違いしたのか、気色の良かった柚葉の顔がみるみる青ざめていく。


「カイルっ、どうしよう! もしかしてあの人……」


「あー、大丈夫。多分ゆずが心配してるようなことはないと思う」


「え?」


 目をまん丸にして口をぽかんと開ける柚葉にこの事態をどう説明しようかと快琉は頭を抱えたくなる。

 柚葉に言われた通りに洗いざらい話してしまえばいい、という問題ではないからだ。


 ベンが時間更新士タイムリノベーターであること、そして自分が彼に師事して修行していることなど他人に知られてはいけない秘密が山ほどある。

 しかし今は一刻も早く柚葉の誤解を解かなければ余計に大事になってしまうだろう。

 そう判断して依然として死んだふりを続けているベンの元へしぶしぶ歩いていった。


「師しょ――えっと、ベンおじさ〜ん? ほら起きてください。余計な誤解を招くんですよ」


「む、そうか。では……」


 呼びかけられてベンはごろりと仰向きになり、むくりと上半身を起こす。

 それから首をひねって未だ状況が飲み込めず狼狽している少女の姿を一瞥すると、ゆっくり立ち上がって大きく息を吸い込んだ。


「おはようカイル少年!」


「お、おはようございます。……もうお昼ですけど」


「そうかもうお昼か。っと、そこにおられるお嬢さんはどちらさんかね??」


「ひっ、私!? ていうかあの人生きてる!?」


 どういう設定のつもりなのかイマイチ分からないベンの大根役者っぷりに、快琉は内心で柚葉に疑われやしないかと肝を冷やす。

 しかし実際の反応から柚葉は動揺のあまり頭が回っていないとみた快琉はベンの芝居に合わせることにした。

 横で棒立ちになっている柚葉を手で示してみせる。


「この子は同じクラスのあかつき柚葉ゆずはさんです」


「あ、初めまして暁柚葉といいます!」 


 頭の整理もままならぬうちに名前を呼ばれて柚葉が反射的にペコリと頭を下げる。そして礼を済ませた柚葉に向かってすかさずベンを紹介する。


「そして、あの人はベンおじさん」


「いかにも! 私がベンおじさんである」


「ベンさん……」


 大げさに胸を反らせて鼻息を立てるベンを目の前にし、柚葉は圧倒された様子で息をのむ。一方の快琉は芝居を始めてものの数十秒で後悔の念に駆られていたが、そんなことはお構いなしにベンの迷走、もといアドリブは止まらない。


「さて、今まで二人で密かに行ってきた青空教室だが。よかろう今日は特別に柚葉さんの参加を認めよう」


「あ、青空教室ですか。一体何を教えていらっしゃるんです?」


「なに読書法だよ。な、カイル少年」


「えっ、あ、はい。そうですね……?」


 何の打ち合わせもなく進められるアドリブに快琉の返事がしどろもどろになる。それを見てさすがの柚葉も違和を感じたのか眉をひそめ快琉の目をにらみつけた。


「カイル、何か嘘ついてるでしょ」


「そんなことないよ! そうだおじさん、今日の本は何かな~?」


「今日の本はこのライトノベルだ」


「らいと、のべる?」


「ってちょっと待ったぁああ!」


 ローブの内側から手のひらサイズの文庫本が取り出されるのを察知するや否やカイルはそれを隠すべくすっ飛んだ。

 「どうしたいきなり」、ときょとんとしているベンにいらだちを覚えつつも声を潜めて話しかける。


「待って待って待って、それはまずいでしょ!」


「なにがダメなんだ。これも立派な書籍だぞ」


「書籍だってのは認めるけど、ゆずみたいな耐性のない子には誤解されちゃうから」


「誤解だと? この本を見て何を誤解するというんだ」


 言ってベンは手元の本の表紙に指をあてる。ブックカバーは付けられておらず、表紙一面めいっぱいにやたら露出の多い水着をまとったあどけない少女が身をよじらせているイラストが描かれていた。

 畢竟、誤解の余地しかなかった。


「よりによってなんでこんなきわどい表紙の本選んできちゃうかな!」


「かわいい女の子が載った表紙こそがラノベの肝だろうが」


「ちょっとぉ、そこでなに話してるのー?」


 蚊帳の外に出されて二人の会話を断片的に聞いていた柚葉が腕組み顔をしかめて伸びた声を上げる。いらいらを発散するようにパタパタと足で地面をたたいている様子からして、柚葉がウソを見抜くため行動に出るのは時間の問題だった。


「あーもう! 答えないなら私がそっちに行くよ」


 ついにしびれを切らせた柚葉が二人のもとへと歩き始める。いよいよ嘘をつき続けるのも限界か、ならばここは強引にでも柚葉を追い返すしかない。

 そう快琉が決心して柚葉に向かい立とうとした––その時。



 木々の間隙から溢れ出すようにゴオォと凄まじい音を立てて暴風が吹きこんできた。

 異様に冷たく湿気をまとったその風は場の空気を一瞬にして塗り替える。

 あまりの風圧にどっしり根を構えた森の大木がまるで雑草のように力なく前後左右に揺さぶられ、森の動物たちが一斉に逃げ出したのか四方八方からけたましい鳴き声があがる。

 同時に木々の影が周囲の地面と同化していく。森の中の照度が落ちたのは日没になったからではない。

 快琉が空を見上げると、そこには先ほどと打って変わって鉛色の雷雲がはびこっていた。


「あの雲、ただの夕立にしては厚すぎるよね。それに気温も……」


「とにかくあっちの木陰までいこう!」


 冷静というべきか危機感に乏しいというべきか、分析するように荒天を眺める柚葉の手を強引に引いて早歩きで木の根元を目指す。

 ある程度の距離を駆けたところで、いよいよ降り始めた雨を空いている左手でしのぎながら後ろを振り返る。ベンはまだ野原の中央に立ったままだった。


「ベンっ! 早くこっちへ!」


「すまない、すぐに行く」


 返事ののちおもむろに移動を始めるのを焦れったく感じながら、先を急ぐべく顔を進行方向へ向ける。

 するとちょうどその時、正面の茂みが一際大きく揺れ――、


「あなた方、今すぐここを離れてください!!」


 声を裏返らせて叫びながら女性が森の中から転がりだすように飛び出してきた。

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