オカルト部とアルバイト
市内某所にあるホラーがコンセプトの喫茶店。
その手のものが好きな人間がふらりとやってくることのある店だ。
ランチタイムは誰かを驚かすといったテイストではなく、なんとなくただならぬ雰囲気を感じさせる程度のものだ。洋館を模したデザインは一見してお洒落なお店に見える。
時刻は昼過ぎ、客入りはぼちぼちといったところ。
先日の部費の使い込みによって資金難に陥ったオカルト部はここでアルバイトをしていた。
早くもアルバイト最終日。なんだかんだそれなりに仕事をこなせるようになっていた。
「さーって今日も頑張りますか」
家光はフロアに入ればぐぐっと体を伸ばす。その姿は吸血鬼をイメージしたものだ。
執事服を基調に、歯には牙がついていた。
「……もう少しがんばってくださいね、先輩」
隣に控えるのは瑠璃だ。血染めのようなゴシック服に身を包んだ姿はなんともそれらしく。
刺すような視線も合いまってミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
「えー、俺超、頑張ってるし。動画の編集して店の売り上げに貢献してるぜ?」
「それは遊び、ですよね?」
瑠璃の厳しい言葉におおう、と家光は肩をすくめ。
「怒るなよー……」
「怒っていません」
「ほ、ほら、なんだかんだ先輩一生懸命っすから。この辺にしとうこうっす」
「洲築君達がそうやって甘やかすから――」
さらに瑠璃の話が続く。ストレスがたまっているのかさらに話は続いていく。
家光が話半分に聞くものだからさらに続いていくのである。
キッチン、現在のここの担当は今は寿と静葉、加えて説教する瑠璃から逃れるために喜介と武暁もいた。
ちなみにキッチン側のスタッフに基本的にはフォーマルな制服である。
「瑠璃は怒ると怖いであるからなぁ」
「ああなるとお客さん来るまでこの調子ですかね」
こそこそとキッチン側から喜介と武暁がフロアの様子を伺いながら喋っていると寿も様子を見に来て苦笑して。
「喜介としてはもっと言え、って思っていないか?」
「……否定はしません」
「容赦ないな」
「徳川先輩は出来る人なので、この店は雨木先輩のツテですが、バイトの交渉などは請け負ってくれましたし」
喜介はきっぱりと言い放つ。信頼故のことだ、と。
「本人に言ったら喜ぶと思いますよ」
静葉が微笑して言うが、いや、と喜介は首を横に振って。
「言えば調子に乗るのと、動画云々で引っ掻き回されるでござる」
――それはいつものことでは?
と、三人は思うが言わない。
そんなことをしているうちに客がやってくる。仕事の時間だ。
扉についたベルが来客を告げた。
オカルト部が対応する、性格に難はあるが(こん助にいたっては見えないが)大体が傍目で見ればかっこいいや可愛いと捉えられる容姿だ。
それ故にここ最近、来客数はうなぎのぼりだ。しかし、その分、タチの悪い客も来るようで。
「お客様ー盗撮は御遠慮願います」
そういった客には家光が声をかけ。それでも引かないならば。
「ちょっと痛い目みますか?」
家光が指を弾くとバケツ被った男が指を鳴らしてやってくれば大体が大人しくなる。
男女ともに割と有効である。
そんなこんなでピークの時間を超えれば一息ついた。
「ったくうちのやつらは隙が多くて困る……あー帰って動画編集してえ」
面倒そうにトレーに乗せた皿をキッチンへと戻すと少し遅れて瑠璃が来る。
「その、さっきのは自分でどうにかできたので……」
「そう思うんだったらもう少し警戒してくれよ」
家光は目を向けずに仕事を続けていると、フロアからこん助がやってくる。
「部長ーかっこよかったす!」
「おう、こん助よくやったぞ」
「けど、ちゃんと心配だったから―っていわないと誤解されちゃうっすよ」
「俺が心配してんのは盗撮動画上がったりなんだりで俺の動画が荒れることだ」
「素直じゃないっすね。瑠璃ちゃんもありがとうって言えばいいのに」
「私は別に――」
「だったら、話は終わりだな」
家光が涼しい顔で言うと、そんなやり取りをして来客を告げるベルが響けば、対応をしようと家光と瑠璃がフロアへと戻ろうと同時に動く。
「素直じゃないってところは似てるんっすけどねえ」
そんな呟きを漏らすこん助の頭を家光と瑠璃は小突いてバケツを一回転させた。
キッチン組は的確な連携で仕事をこなしていく。
不器用な喜介は洗い物を中心に、寿と静葉が調理の補助をする形だ。
「しかし、働くって大変なんだな」
「寿先輩は未だに進路は……?」
「決めてないな」
寿は額についた汗を拳で拭えば、喜介は肩を落とした。
「いいかげん、決めないといいように徳川先輩にいいように使われるござる」
「はは、それはそれでいいけどな――」
笑って寿は仕事の手を止めた。
「ずっとこうしていられたらな、とは思うけど。そうはいかないんだよな」
既に静葉や瑠璃は進学、家光はこのまま動画を作り続けること、喜介とこん助は暫定的だが進学という形にしている。
――オカルト部はばらばらになる事は決まっている。
「一番、寿君がこの部を好きだったのかもしれないですね」
「そうかもな、毎日、楽しみだったよ」
静葉の言葉に懐かしむようにしかし、どこか寂しそうに笑んだ。
「……寿先輩、まだそんな気分になるには早いです。きっとこれからもまだまだ振り回されまするよ。徳川先輩のことだから」
「そうだな、最後まで楽しまなきゃな」
ふふ、と静葉は笑って。
「そんなこと言っていてもずっと集まり続けそうですね」
しみじみと言われた言葉に寿と喜介は揃って中空を見て想像する、3年、5年になっても集まる自分たちの姿。
それは容易に皆が想像できた。
「何故でしょう……いつになっても俺や瑠璃が振り回されている図が」
「10年たっても変わらなさそうだな」
「いやそこは変わって少しは助けてくだされ」
喜介は頭痛に頭を抱える。
「九重君、仕事をしてくださいよー」
「ああ、現実にもどる」
武暁の言葉にはっとして喜介は洗い物に戻ろうとするが、店長からフロアに入るように言われればその指示に従い動く。
瑠璃が休憩に入り、入れ代わりに喜介が曰くありげな仮面をつけてフロアへと入る。
店は行列が出来るほどではないがそれなりに繁盛していた。
「一時はどうなることになるかと思いましたが、なんとか無事に終わりそうですね。徳川先輩」
「つーか、お前、瑠璃が怒ってるの止めろよー」
「自業自得でしょうに」
「きーちゃん、ひどいっす」
「こん助に関してはすまん」
「おい、こら」
家光が扱いの違いに喜介をトレーで小突いた。そのタイミングで客に呼ばれれば喜介が真っ先に対応する。
流石に慣れたもので対応そのものは正しいが目つきの悪さで客側が少し怯えている。
「なんつーかお前残念だよな」
「きーちゃん目つき、目つき」
そのことを指摘されれば喜介はむう、と唸って。
「こればかりはなんとも……こん助のようにバケツを被るわけにもいかんしな」
「そこで俺の真似をするって方向に行かないのか」
家光の言葉に喜介は視線反らし。
「徳川先輩のように話上手ではないので」
「お前、俺を口だけのやつだと思ってないか?」
「そんなことは決して、そこ以外も思うところはありますとも」
視線を向けずに答えるに喜介にやれやれ、と家光は言って。
「ちょっとは敬えよー」
「それなりには敬ってますとも」
「きーちゃん、きーちゃん。先輩ともあと少しの付き合いっすよ? 素直に素直に」
こん助の言葉に喜介は再びうなった、こん助の言葉は事実だ。
喜介としては家光のことが嫌いなわけではない、先ほど言った通り、それなりには慕っている。
やらせ動画作ったり、部活動に関係ない使いっぱしりは問題ではある。
――だが、努力はしている。
動画を作るのは楽ではない。機材の調整、仕込みそういった努力をしている部分も確かにあるのだ。
「そうだぞ、喜介。俺も、もったいないと思うぜ?」
「自分から言うことではないように思いまする」、しかし――」
――少しでも思い出を作ってもいいのかもしれない。
そう言いかけたところで家光は笑って。
「やっぱ佐能やこん助だけ仕込んでもな。別のやらせ要員もいないと視聴数伸びねーし」
「……3番のテーブル下げてきます」
冷えた声で喜介はそういって、片付けへと向かっていった。
休憩室、テーブルに椅子が4つだけに壁掛け時計という質素な場所だ。
そこに寿、瑠璃、武暁はいた。
そんな中、寿は思った。
――これは、話題にしたほうがいいのだろうか。
寿と向き合う形で座っている瑠璃が読んでいるもの。それは、将来の職業的なものが書かれているもの、十〇歳ののハローワーク的なものだ。
――自分に向けて将来を考えてみたらということか、それとも瑠璃自身に向けてのものか。
「おや、瑠璃さん。将来何になりたいか考え中ですか?」
ナイス、武暁。と心中で呟きつつ。寿も瑠璃へと視線を向ける。
気まずそうに瑠璃は本で口元を隠しながら二人へと視線を向けて。
「その……あの事があるまでそこまで先の事あまり考えてなかったから」
「なるほどな」
そのことについては深く問うな、と武暁に視線を送って。
「進学した後に、決めるのでもいいんじゃないですか? 慌てなくても」
「早いほうが、いいかなって……それでその、寿先輩に将来の相談したくて」
「俺かよ。静葉や家光のがいいだろう? 未だに俺は進路決めてないぞ」
おいおい、と寿は苦笑して返せば。いや、と瑠璃は首を横に振って。
「静葉先輩にはもう聞きましたし、家光先輩はその……あれなので」
「まあ、答えないよな、あいつは。瑠璃が向いている仕事なー」
武暁にも聞こうと思うが、聞かれているのは自分だ。自分が考えるべきだと寿は考えて。
いくつかの職業が頭に浮かぶが大体うまくやれそうな気はする。
「瑠璃さん、割とそこそこなんでもできますからね……」
「だなー」
武暁の言葉に頷くが、その答えでは瑠璃は満足しないだろう。故に寿は自分なりに考えて。
「お嫁さん。とか?」
一瞬沈黙。その後、武暁はあー、と納得して、瑠璃は顔を赤くして。
「ふざけてるんですか。先輩……」
「いや、なんかそれがしっくりくるなって。なんでも出来るなら誰か支えられそうだよなーって」
その言葉に瑠璃は机に突っ伏せた。
「寿先輩、なんか、口説いてるみたいですね」
「いや、そんなつもりはないんだけどな」
おかしなこといったか? と首をかしげるが武暁はどうでしょう? と瑠璃に振るが、瑠璃は突っ伏したまま
「知りません!」
と、きっぱり言った。
その後は、静葉目当ての客に対してどこからかやってきた朱里の一団と一悶着あって。
奏先生と獅堂がやってきて正体を隠しつつ接客したりと。
ごくごく普通にアルバイトを終えた。言うまでもないが、このオカルト部にとっての普通である。
夜になればダイニングバーとなった店をオカルト部は後にした。日を改めて打ち上げをここでしよう、と決めて。
「んー今日も働いた、働いた」
「今日はサイゼでもよっていくか?」
ぐぐっと伸びをした家光に向けて寿が提案すると後ろから二年生男子組がやってくる。
「あ、じゃあ、俺もいくっす!」
「今日うち、親いないんで俺も」
こん助が挙手すれば続くように武暁、喜介が挙手する。
「じゃあ、私たちも」
静葉と瑠璃もそれに続く。
「ちょうどいいから、文化祭企画もちょっとやるか」
「徳川先輩がやる気を出してるってことはまた動画絡みですな……まったくもう少し真面目に――」
「ああ、家光。喜介はこう言ってるが満更でもないから平気だ」
「ん、知ってる」
先輩方何言ってるんですか! と喜介が怒るさまをこん助や武暁が、からかい。
静葉がなだめ、ひっそりと瑠璃はお店の予約をしてくれる。
こうしてオカルト部のバイトによる一日が終わった。次の活動は何だろうか――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます