第1章 三条さんとひとつ屋根の下 I'll have Shampoo!
1-1 俺氏、ファミレスに連行される
俺は少女たちに『ファミレス』なる食堂に連行されることになった。
もちろん道中も黙って連れ歩かれていたわけではない。不思議な荷車やすれ違う人々が話している内容など街の観察……、そして彼女たちの心も読んでみた。
心を読む魔法――理屈は勉強したし、構造式も覚えている。だが三流魔法使いが使うには魔素の消費量が膨大過ぎたし、そんな量の魔素を集められるわけがないから、まさか俺に使う機会があるとは正直思っていなかった。
だが! ここには無尽蔵とも言える量の魔素が溢れかえっている!! 魔素、使い放題!
今まで薄い魔素を如何に要領よく取り込むか、少ない魔素をいかに効率よく使うか、工夫に工夫を重ねてきたことがバカみたいに思えるほど大量の魔素!
ヒャッハー!!
大量の魔素をダバダバ使って、彼女たちから情報を引き出してみた。
ほう、心を読むっていうのは、こういう感覚だったのか! 上手く制御しないと表層の意識ばかりが流れ込んできて意味をなさない。でも意図的に読みたいところにこちらの意識を集中するやり方に慣れると、記憶の
超一流の魔法使いたちは、こんな面白いことをしていたのか。「格差社会」ってのは下しか知らないと実感できないものだな。
そして驚いたことに、彼女たちから見ると俺は彼女たちと同年代に見えるらしい。
実際、身体の動きも若い頃みたいに軽かった。
魔素が多いせいかと思っていたけれど、窓に使われてる巨大な
――うん、なんていうかこう、たしかに
街の観察と彼女たちの知識から、だんだんこの「世界」のことがわかってきた。
どうやらここは、俺がいた世界とは違う「異世界」らしい。
この世界には「魔法」がない。いや、全くないわけではないのだろうが、「魔法」は「超能力」と呼ばれる力とならんで胡散臭いものと思われているようだ。
あの動物に引かれているわけでもないのに動く荷車は、「魔法」ではなく、「科学」と呼ばれる別の知識の体系によって動いているらしい。そして「科学」における「魔素」のようなものが「電気」。
魔素と違って電気を使うには専用の道具さえあれば、基本的に才能は関係ない。誰でも同じように使えば、同じような結果が得られる。なんて平等な世界!
もっとも才能は必要なくても、使いこなすための知識はある程度学問の習熟度に比例しているようだ。せっかくのよい道具を持っていても、「宝の持ち腐れ」ということが往々にしてあるらしい。なんてもったいない!
この少女たちの中では、黒髪ロングが一番知識量が多いようだ。
逆に金髪プリンの意識を読もうとしても、繁殖活動に関する知識やら好奇心やらばかりで、とりとめがない。
翻訳魔法で『ビッチ』という単語が脳裏に浮かんだが、何のことだかよくわからない。
面白いのが茶髪ツインテールだ。意識的に表面的には金髪プリンみたいな行動をとっているが、その裏では常に冷静に自分の行動の影響を計算している。黒髪ロングとはまた違う方向性で「頭がいい」。
ところで『プリン』って何だ?
そして、なんともよくわからないのがアホ毛だ。
無条件の信頼、好意、愛情、献身……。
天使か!? 女神なのか?!
そういえば、この街の匂い――獣や糞尿の臭いはしないが、火炎魔法を失敗した時のような、焦げ臭いのとはちょっと違う何かが不完全燃焼したような臭いが満ちている。どうやらあの「科学」で動く荷車が発している匂いらしい。こればかりは慣れるしかなさそうだ。
一方少女たちは、各々好みの香りを身にまとっているようだ。『シャンプー』とか『柔軟剤』とかいうものらしく、親しい友人と香りがかぶらないよう色々気を使うべきものらしい。だが匂いはもう少し控えめでもいいのではないか? と思うのは俺が「異世界人」だからだろうか。
「お金、持ってるの?」
ファミレスに着き、座席に座ったとたんにツインテールに訊かれたので、革袋から銅貨を取り出して見せた。
この世界の通貨の価値はまだよくわからないから、虎の子の金貨は見せるべきではないだろう。
「はあ? 何これ?! ゲーセンかスロットのコイン? ふっざけんじゃないわよ!」
予想はしていたが、やはりここでは銅貨は使えないようだった。
「何これ? ウケるー」
ダルそうにプリン頭が言う。
「あ、あの……、とりあえず私が建て替えておきますね」
アホ毛、マジ天使。
「…………」
黒髪ロングは、俺の挙動を観察している。
俺を観察している人間の心を読むっていのは、一周回って興味深い体験だな。
俺は、嘘つきなのか、頭がおかしいのか、本当に記憶喪失なのか……、まだ判断つきかねているようだ。ちなみに「異世界人」という発想は彼女には受け入れがたいものらしい。
不思議な手触りの
「なんか、カフェインとか炭酸とか嫌いそうな雰囲気だよね」とアホ毛が俺のカップに濃い黄色の飲み物を注いでくれた。
「何ていうんだっけ? ハルキストじゃなくて、ミニマリストじゃなくて、エコロジスト? マジウケるー」
プリン頭の語彙力の低さ、ハンパない。俺の勉強にならないじゃないか。
黒髪ロングは、ずっと席から動かず俺たちの様子を観察しているだけだった。
金属の箱から出てきた濃い黄色の飲み物……、ものすごく甘いぞ! なんなんだ、これは!? 酸味と甘味が調和しつつ、しかししっかり甘い。しかも飲み放題だと言う。魔素量といい、この飲み物といい、やはり天国か? ここは。
「で、つまりアンタは外国とかじゃなく、どこか別の世界からやって来た、と?」
ツインテールがジト目で俺を見ながら抑揚のない声で言う。
「異世界とか、魔法使いとか、マジウケるー」
いや、もっとボキャブラリ増やせよ、女子高生。
「…………」
「それじゃあ、今夜はどこに泊まるつもりなんですか?」
そのセリフを待っていた!
記憶を操作するタイミング!!
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