第23話 予想外

「────……ぷぁ……」

「───っ……はっ………はぁ……」



真夜中。

昼間は声援と音楽で賑やかだったこの場所は、今や静かでじっとりとした空気に包まれている。

そんな中、私の目の前で顔を真っ赤に染めながらその場に膝をつく影が一つ。


「……フェネック……さん………なにを…………」


────唐突なキスに腰を砕かれたかばんさんは、私の耳に届く程高鳴る胸を押さえながら息絶えだえ声を上げた。


そんな彼女に私はいつもの会話並みのテンションで返す。



「なにをって……、かばんさんは詰めが甘いんだよ」

「……詰め……?」


「……私、全部知ってたんだ。 ずっと勘ぐられてた事とか、さっきもずっと起きてたこととかさ」

「…………全部……ですか」

「そう、全部。 私をどうにかして止めようとしてたみたいだけど、そうは問屋が卸さないよ」


…………先程も、入り口に隠れていることは気付いていた。

この廊下は歩くと微かに木が軋む。 その音を私の耳は聞き落とさなかった。





「……………なんなのよ…………」


ふと、震えた声が耳に届く。

床に力なく腰を落としてこちらを睨む、マーゲイの姿がそこにはあった。


「……あなた一体何がしたいのよ……! そんなもの私に見せつけて、何がしたいっていうの………!?」

「ああ、ごめんごめん。 忘れてた」

「忘っ……!?」


怒気を孕んだ叫びを、私はそっけない返事ではねる。

……まあしかし、ここまで怒りを露にするのも無理は無い。

……先程の様なことがあったのだ。 もし私が同じ状況に立たされたら、きっと同様の反応をするだろう。




マーゲイの、そしてPPPの秘密を……、本人の目の前で────暴いたのだ。






────────────────────





………プリンセスから案内された部屋は案外広く、私達が全員で横になっても余裕がある程だった。


「かばん、このちほーの夜はちょっと寒いからこれを使うといいわ」


そう言って渡されたのは、どこから持ってきたのか温泉でも見た布。

たしか"ふとん"と言ったか。 ………あまり良い記憶はないが……。


「ありがとうございます、プリンセスさん」


かばんさんがお礼を言い終えると、プリンセスは手を振りその場を去っていった。


「今日はもうヘトヘトなのだ……。 背中も痛いし腕も痛いし、アライさんはもう寝るのだ………」

「いっぱい踊ったからねー、私も疲れちゃったよ………ふぁ………」


今日一日動きっぱなしだったサーバルちゃんとアライさん。

目尻を擦り、大きな欠伸を一つ。




しかし私にはまだやることがあった。

胸ポケットの小さな板に軽く触れる。


……証拠は握った。 あとは突き付けるのみ。 

その様子を想像するだけで、口角が勝手に上がってしまう。

そんな無意識の反射を抑えながら、私はかばんさんに声をかけた。




「かばんさん、私もそろそろ寝るよー」


勿論、嘘。

それはかばんさんも分かっていたはず。

……が、あくまで気付いていない体らしく、


「わかりました、ちゃんとふとんを着て体を冷やさないようにしてくださいね」

「どもどもありがとう、かばんさーん」


……といった、ごく普通の反応を見せた。

それはそれでいい。 最終的に気付かれずに部屋を抜け出せればいいだけだ。

幸いにも出入り口に近い位置をアライさんが陣取っていたため、私もそこにお邪魔することにする。



────そんな私の姿を追う視線。

アライさんの横でふとんを被り、寝たふりを始めたあともずっと付き纏う。

もちろん、かばんさんからの視線だ。

これも予想はしていたが、中々しぶとく隙が見当たらなかった。


起きているというのは呼吸音で分かる。

強いては私を見張っているのだ。 そのため緊張のせいで呼吸が普段と違うのは明らか。

アライさんが用を足しに部屋を出たのは予想外だったが、その直後にかばんさんの呼吸音がいつも通りに落ち着いたようだった為、隙を見て静かに、そして素早く部屋を出た。



………



……目的の物がある部屋はすぐに分かった。

プリンセスがカメラを置いて出てきた部屋。

そこがマーゲイが普段使っている部屋と見て間違いないだろう。


入る前に聞き耳を立てるも、中からの音は無し。

見つかるはずのない捜し物をまだ探しているのかと憐れみを覚えつつ、扉を開けて真っ先に目に飛び込んできたのは………


「へぇ………PPPのファンだけあって、さすがだね」


………部屋の至る場所に貼られた、無数の絵。

コンサートの様子を裏から見たようなものから、練習に勤しむプリンセスたち、疲れ切って寝てしまったジェーンの寝顔まで、たくさんの絵が壁に飾ってあった。


「………」


きっとこのカメラで撮った写真を紙に残せる技術があるのだろう。

……が、今そんなことはどうでもいい。


ふと目を部屋の奥に移すと、真っ白のテーブルと椅子が一つ。

そのテーブルの上に、目的の物はあった。



「………」



静かにそれを手に取り、真っ先に確認したのは裏側。

そこには小さく細長い穴が空いており、ポケットから取り出した板がすんなり入っていく。


押し返されるような抵抗感の後、カチリという音がきれいに収まったことを告げる。


「……んー………?」


しかし、ここで少々困った事に気付いた。




「………これどうやって動かすんだろ……」


しまった、と心のなかで呟く。

仕方ないのでとりあえず適当に弄ってみることにした。

筒を回し。 裏のツルツルを擦り。 無数の突起を押し込み。


「………おっ」


何度か試してみる内にツルツルの面が光り初めた。

………これでやっと中身が見れる──────









「──────あなた、何やってるの………?」

「!」


突然の声。

思わずカメラを落としそうになったのを辛うじて受け止め、視線を声のする方へ。


「………あちゃー……」

「……私のカメラに、何か用かしら?」



――──マーゲイが、帰ってきた。



「あー、いやー、かばんさんがあの時撮ってたしゃしんが気になってねー」

「それなら明日私に言ってくれたらいいじゃない……」


予想よりも早い帰りに動揺してしまい、無意識に出た言い訳も苦しい内容だ。

焦りで何個かカメラの突起を押してしまったが、そんなことは今気にしていられる状況ではない。


………こうなっては仕方がないだろう。

あの板はカメラに刺したままだが、今触れれば何も得られないまま確実に怪しまれることになる。


「………それもそうだねー、私もこんな事に慌てるなんてらしくないなー」


この場を何とか嘘で取り繕って脱出を試みようと一歩踏み出す。








────その時だった。


「…………?」


私の耳が普段聞き慣れない音を捉えた。

発生源は…………部屋の隅に置かれている箱のようだ。


「何この音――─」

「………! あなた何か触ったわね……?」


マーゲイの声色が少し強くなる。


「触るって、何を?」

「そのカメラよ! 一体何をいんさ……………………っ!?」



――──マーゲイの顔が、真っ青に染まった。

同時、凄まじい勢いでその箱に向かって駆け出す。




「いや…………止まって………! そんな……! ……なんで……………っ!!」




…………その時のマーゲイの様子は、まさに絶望そのものだった。


箱から無数に排出される紙。

膝をつき、床に落ちたそれらを必死にかき集めるも箱から出る紙は止まらない。


その一枚一枚全てに何かの絵が書かれているようだった。

まるでこの部屋の壁に貼ってある絵と、同じように。


「見ないで……お願い………。 みないで………………」


弱々しく嘆くマーゲイ。

そんな声が耳に届くも、私はお構いなしと言うようにこぼれ落ちた一枚を拾い上げる。



そしてその絵を見た瞬間────────









「…………へぇ、なるほどねぇ」


――──私は感情を隠すこと無く、満面の笑みを浮かべた。






──────────────――──






「……………何がしたいっていうか、知りたかっただけなんだよね」


私は淡々と答える。


「知りたかっただけって…………、これがもしファンにバレたら私達終わりなのよ!?」

「分かってるさ………。 それでも、知りたかったんだ…………私の心を、守るためにもね」



………自らの心を守るため。 心に余裕を作るため。

私達と同じような他人の境遇を知ることで、少しでも自らを許したかった。


「私とかばんさんは…………そういう関係なのさ」

「…………そういうって…………、サーバルとアライグマは……」

「それはマーゲイも同じでしょ」

「っ……」


自らの暴露はこれが初めてかもしれない。

しかし抵抗は一切なく、喉から言葉がすらすらと出てきた。

私も、かばんさんも、マーゲイも、それぞれ本質は違うだろうが仲間を裏切っている。

その3名しかいないこの部屋だからこそ、何の隔たりもなく話すことができるかもしれない。


「……フェネックさん……」


ようやく息が整ったのか、足元にへたり込むかばんさんの微かな声が聞こえる。


「もっと方法はあったはずです……。 なんで寄りにもよって誰かを傷つける道を選ぶんですか……?」

「……」



────方法があったなら、そうしていた。

かばんさんが考えてくれれば、とも思ったが、私はそれを頼む事を自らの意思で怠っている。

それは何故か────。



「……かばんさんは、何でアライさんが私の野生解放を嫌ってるか知ってる?」

「……それがこの状況と関係あるとでもいうんですか……」

「直接的じゃないけど、そうだね」


…………つい最近夢で見たくらいだ、忘れる訳がない。

アライさんと初めて出会った日。

そして、私が私の本質を初めて知った日。



「私の野性解放はちょっと特殊でさ────時期が、狂うみたいなんだよね」

「時期? ……そ、それって………」

「……"発情期"だよ。 ………それも悪い方にね」



……野性解放は、眠っている自らの野生部分を呼び醒ます事。

それはつまりフレンズになる前、四足歩行の動物だった頃の本能を刺激する事を意味する。

技の威力が上がる、五感が鋭くなる等、メリットが大きいが為無視されやすいが、実は副作用的効果も存在するのだ。


フレンズによって重さや種類は様々だが、例えばアライさんであれば、野生解放の後は気のせいか軽い眠気に襲われると本人は言う。

他にも食欲の増大や気性の変化を訴える者もいるというが、軽度な為気にしていない場合が多い。

しかしその一方で、副作用が悪い方に作用する者も少なからずいるのは確かである。


私の場合は後者。

野生解放による異常なまでに大幅な戦闘力上昇の代償と言ったところだろうか。




──────解除した瞬間に襲いかかる、苦しみと疼き。


私の野生解放は心に干渉し、今まで気がつかないほどに抑えこまれていた真っ黒な"欲"を解き放ったのだ。



「………自分でも分からないんだ。 気付いたらPPPの秘密を暴いてて、気付いたらマーゲイの前でかばんさんとキスをしてて………」

「……それは、……フェネックさんの意思じゃないという事ですか……?」

「いや、私の意思で間違いないよ。 ………滅多に表に出さない、出したくないだけさ」


正直、私にそんな意地汚い欲があるとは思ってもみなかった。

最低な行為であることは重々承知だし、この行為によってPPPがアイドルを続けられなくなる危険性だって分かっていた。


しかし今の私には、その欲を押さえ込むことができない。




「─────狂わされたその時期が、フェネックさんをそうさせたという事ですか……?」

「……明確にはまだ時期は来てないみたいだけど、その前兆で枷が外れたって意味ではそうかもね」

「……そう、ですか………」


かばんさんは私の不審な行動を理解したのか、再び床を見つめ始める。







「──────ちょっといいかしら」


ああ、そういえば居たな…と、耳を傾ける。

私とかばんさんの話が終わると同時に、マーゲイは座り込んだまま口を開いた。


「あなたが話している間、ずっと考えてたわ。 この場をどう誤魔化せばいいか、どうやり過ごせばいいかって……。 …………でも、もうやめたわ」


その声に、焦りや怒りは含まれていなかった。

あるのは悟りと………同情。


「……確かあなた、心を守るためって言ってたわよね」

「……そうだね」

「……私もあなたと同じなのかもしれないわ………」


そう言うとマーゲイは大きなため息を一つ。

そしてハッキリとした口調で、こう告げた。







「………これで私の中の罪悪感が少しでも和らぐのなら…………付き合ってあげる」


無数の紙を抱えながら立ち上がったマーゲイの顔は、悲しみを含みながらも覚悟の色が見えた。


「そのしゃしんを見られて今更何を言っても遅いもの。 ………あくまで等価交換だけど………あなたも最初からそのつもりだったんでしょう?」

「もちろん、そうじゃないと目の前でキスなんてしないよ」


もう少し抵抗してくれたほうが暴き甲斐があったが、今回の私の目的は達成できそうなため無用な欲は働かせないでおく。



「………あの……ちょっと聞いてもいいですか……?」


話についていけないかばんさんは戸惑う。

それは話の端々に出てくるある言葉についてだった。



「えっと………しゃしんがどうかしたんですか?」


……かばんさんはまだPPPの秘密についても決定的な証拠を見ていないらしい。

そのあたりに数枚散らばっている紙を見てもらえばすぐに分かることだか………。

ちょうど手に持っていた一枚があった為、それをあえて二つ折りにしてかばんさんに渡す。


「……これのことさ。 見ればPPPの秘密が分かるはずだよ」

「え、そんな軽々しく……、見てもいいものなんですか? これ………」

「………好きにしなさい。 あなたもこの場にいる限り、知らないと何も始まらないわ………」

「あ……えっと……、じ、じゃあ………失礼します…………」







………きっとかばんさんは知らない。



「え─────」



PPPの闇がどこまで濁り、どこまで腐っているのかを。



「こ、これって…………」

「やっぱり、かばんさんならそういう反応すると思ったよ」



あの笑顔の裏で、



「全く、これは私も予想外だったなぁ」

「……そうよ────―──



どんな葛藤が、渦巻いているのかを。












────────私が手を出したのは、あなた達が怪しんでるであろうプリンセスさんやコウテイさんじゃないわ」



その紙に描かれていたのは……………一糸纏わぬ姿で泥のように眠る、ジェーンの姿だった。

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