第21話 猜疑心

世の中には知らない方が良い真実というものがある。

それらは性質上滅多に表に姿を現さない為、知りたいと強く思わない限り手を触れる機会は無い。


……しかし、偶然にもその真実を知ってしまった時。

知りたくなかった事を、ふとした瞬間知ってしまった時。

その者にとってそれは、今まで描いていた印象を跡形も無く崩壊させてしまう程の衝撃を持っているかもしれない。

悲しむ者、怒りを露にする者、ただ絶望に浸る者など反応はそれぞれだろう。






────でも、私は違った。


確かにその者に対して今まで持っていた印象は脆く崩れたが、同時に思ったのだ。




────────よかった、と。




決してその光景を面白おかしく思っている訳でもなく、その者を嫌っていた訳でもない。

……私……いや────私達だけでは無かったんだというある種の安心感を、抱いてしまったのだ。






────────────────────






「……誰にも知られたくない………思い出…………」


私の発言を復唱するかばんさんの声。

その表情は先程までマーゲイを心配していたのが嘘だったかのように酷く引きつっていた。


「フ、フェネックさん、冗談ならもう少しマシなことを言ってくださいよ……。 きっとまだ公表してないコンサートの情報が入ってたんじゃないですか?」

「そうだといいんだけどね……」


かばんさんは早くも現実逃避に入りかけている。

私はその様子を見て何を思ったのか、かばんさんを追い詰めるように言葉を重ねる。


「その考えならマーゲイの行動は何とか説明できるけどさ……、PPPの様子は説明できる?」

「……うぅ……」


……かばんさんが言った通りであれば、本来なら全員が誤魔化したり普通に教えてくれたりと、似たような反応をするはずだ。

しかし今の様子は明らかにそうではない。



イワビー、ジェーン、フルル。

マーゲイがかばんさんからカメラを強引に奪い取った時、真っ先に駆け寄ったのがこの三名だ。

その様子は突然の事に只々驚きを隠せず、まるで本当に何も事情を知らないかと思わせる程にマーゲイを気遣っている。

私は物事を観察するのが癖になっているため顔色で何を思っているかは大体分かるが、この三名がPPPの何かしらを知っているという雰囲気は感じられなかった。



……問題は残りの二名。

コウテイとプリンセスの反応は、真っ先に駆け寄った三名とは明らかに違っていた。


カメラを慌てた手つきで操作するマーゲイさんを見た途端、プリンセスの表情が一変。 釣られるように顔から焦りを滲ませていた。

そしてその様子を静かに見つめるコウテイの姿。

彼女の目は他と違い、微量の悲しみを孕んでいるように思えた。



きっとこの二名は何かを知っているのだろう。

マーゲイの焦りの理由を。 カメラの中の思い出を。

────ジャパリパーク一のアイドルグループが抱える、大きな闇の正体を。






「マーゲイさん、ゆっくり深呼吸をしましょう」

「すってー、はいてー」


騒ぎの発端であるマーゲイは、既に大分落ち着きを取り戻したようで。

ジェーン達の励ましのおかげか…………、はたまた別の理由か…………。

理由はともかく、忙しなく動き続けていた手は静かになっていた。


「す、すみませんでした、皆さん………」

「とりあえず落ち着いてくれてよかったぜ、なあコウテイ」

「………ああ、そうだな」


マーゲイにずっと声をかけ続けていたイワビーはほっと胸を一撫で。

ジェーンもフルルも今まで見たことの無いマーゲイを気遣い続け、体力を消耗してしまったようだ。




………その時、そんな様子を輪の外から見ていた者が、ついに口を開いた。


「─────マーゲイ」

「っ! …………はい」



その声は、とんでもないほど静かだった。

何事も無かったかと言うような、先程の喧騒にはまるで似合わない声色の内にどれだけの感情が秘められているのかは彼女─────プリンセス本人にしか分かり得ない。

不意に名前を呼ばれ体を大きく跳ねさせたマーゲイは、おずおずと首を回す。

しかしそんなマーゲイに向かってプリンセスはと言うと……………。


「それの管理はちゃんとしなさい? あなたが撮った練習風景なんかがコンサートの前に知られちゃったらどうするのよ」

「え…………は、はい……すいません、でした…………」



はたから見ればそれは普通の会話。

慌てるマネージャーにしっかりしろと注意するアイドルの姿だ。


………そんな普通の会話なはずだったが、マーゲイはどうしてか度肝を抜かれたような顔を見せた。

ぽかんと口を開け、ぎこちなく謝罪を口にする姿がとても奇妙に映る。


「………確かにそれは見せられないですね、マーゲイさんが慌てていた理由もわかります」

「それは俺でも焦るぜ………。 力任せに取り返すのはやりすぎだとは思うけどな」

「…………次から、気をつけるんだぞ」



………



「ほ、ほら………あの中に入ってるのはやっぱりアイドル活動の記録なんですよ。 変なこと言わないでください、フェネックさん」

「ふーん…………」


かばんさんの必死そうな声に思わず呆れる自分がいる。

確かにカメラの中身を実際に見ない限りはなんとも言えない、仮説もただの想像の範疇で留まるだろう。




しかし、私の中の何かがそっと囁くのだ。


─────確かめろ、と。

─────真実を知れ、と。


そして私の体はその声を受け、無条件に従おうとする。

意思など関係ない、知りたいという抑えきれない衝動が心の底に芽生えていた。




「それなら─────…………………あー、うん。 まあいっか」

「………変なこと考えてませんよね」

「まさか、そんなことないよー」


…………ここで正直に言ってしまえば、かばんさんの猛反発を受けかねない。

だが今の私は自分の欲を抑えきれない状態にあるようで。

普段からアライさんの猪突猛進ぶりに付き合い続けて多少の我慢には慣れたかとは思っていたが、それが今回一点に溢れ出してしまったようだ。


………しかしこんなにも簡単に我慢の限界は訪れるものなのだろうか。

そんなことを頭の中で軽く浮かべつつ、口から出ようとする欲を押さえ込む。



「………それならいいんですけど…………」

「ねえかばんちゃん、変なことってなに? アイドル活動のきろくって?」


かばんさんにずっとしがみ付いていたサーバル。

勿論しっかり聞こえていたであろう話を、言葉の端々が純粋に気になったのか掘り返そうとする。

……………この話はサーバルにとっては危険だ、また我を見失われたら困る。

軽くいなしておくのが吉だ。


「サーバル、あの中には次のコンサートのお楽しみがたくさん入ってるんだってー」

「…………そうなんだ、すごーい!」

「それをこっそり見ようとしてないかって事を言いたいんだと思うよ、かばんさんは」

「それはダメだよ! みんなチケット持って楽しみにしてるのに一人だけなんて!」

「だからしないって…………」


…………何とか話を逸らせたが、結果私が再びサーバルに注意を受ける羽目になった。

勿論ここで行動を起こさないほうが良いのは分かっている。

それでも私は何があっても心に従うことになるだろう。

たとえ誰の反発を受けようとも、その事実を確認しない限り私の気持ちは揺るがない。


「……………」


かばんさんはそんな思考に陥った私を心配そうな眼差しで見つめている。


………多分だが、かばんさんは私の考えを既に察しているはずだ。

その上で止めないのは、今私に何を言おうが聞き入れてはもらえないことを知っているから。




ふと、かばんさんは自らの手を気にし始めた。

私から目を逸らし、右手…………サーバルが先程からしがみついている方の手を見つめながら怪訝な表情を見せる。


「………さ、サーバルちゃん………ちょっと力緩めて欲しいんだけど…………」

「うみゃ? …………あ……ご、ごめんね!」


かばんさんの言葉に慌てて手を離すサーバル。


「どうしたのだ?」

「いや、ちょっと手の感覚がおかしいんです…………あ、戻ってきた……」



その光景には見覚えがあった。


確かさばんなちほーで帽子を追いかけ始める少し前だったか。

夕方目を覚ました際、すぐ横で「腕が動かない、感覚もない」と涙を流すアライさんの姿を思い出した。

後日博士たちから聞いたが、腕や足を締め付けるとけつりゅうがどうかということでじわじわと麻痺していくという。

時間経過で治るというが、今回のかばんさんも同じような症状に襲われたのだろう。


………先程から私とかばんさんが言葉をかわす度に、サーバルのしがみつく腕に少しずづ力が入っていくのを私はこの目で見ていた。

お陰でその部分の服はしわだらけである。


………手を離した今、試しに私がかばんさんに話しかけたらどういう反応をするだろうか。


「かばんさん大丈夫ー? 腕、動く?」

「はい、もう大丈夫です。 ありがとうございます」

「…………」

「……? サーバルちゃん、どうしたの?」


…………今度は服の裾を握り始めた。

どうやら先日の事をだいぶ根に持っているようだ。

私がかばんさんを奪っていくのではないかという恐怖が、頭の隅に居座り続けているのだろう。


「あ……ううん、なんでもないよ!」

「大丈夫? いっぱい踊って疲れたんじゃない?」

「そんなこと無いよ! まだ全然動けるもん!」


サーバル自身も無意識に手が動いていることに気づいたのか、慌てて離すと同時にその手を握りしめる。


あの時私はサーバルのかばんさんへの過剰な独占欲を目の当たりにした。

その欲が大きすぎたあまり、自らの牙を大切なパートナーの肩に突き立ててしまったほどだ。

それがあの出来事で解消されるはずもなく、原因である私がすぐ近くにいる今なら尚更、その欲が多少表に出てきているのもおかしくはない。


「……フェネック、大丈夫か? ちょっと顔が怖くなってるのだ」

「んー、大丈夫だよアライさーん。 ちょっと考え事してただけだよー」

「そうなのか? フェネック、今日はちょっと変だから心配なのだ」

「変? そんなこと無いさー、私はいつも通りだよー?」

「むむむ………、それならいいのだ……」


今日はなんだか余計に周りから心配されている気がするのは気のせいだろうか。

何か変なことでもしただろうか………。




「とりあえず今日はみんな色々あって疲れただろうし、練習は切り上げようか」

「そうね、マーゲイもしっかり休んで明日に備えなさい?」

「は、はい………ありがとうございます」


………少し離れたところから会話が聞こえてくる。

どうやらPPPの練習見学及びレッスン体験はここまでのようだ。


「かばん達も、今日は見に来てくれてありがとう。 今日はもう遅いし泊まっていくと良いわ」

「お気遣いありがとうございます、プリンセスさん」

「ちょうどこの建物には小さな部屋が幾つかあるんだ、そこを使うと良いよ」


そういえばと外を見ると、既に日が傾き切り辺りは闇に沈もうとしていた。

コンサート中に光り輝いていたステージの装飾も動力を切られ、静まり返っている。


「あーつっかれたー! ジェーン、フルル、行こうぜー」

「そうですね、皆さんお先に失礼します」

「寝る前にジャパリまん食べたいなぁ」


一足先にと三名が離脱。

コウテイとプリンセスは何か話し合っているようだ。


「……うん、そうね。 あそこが良いとおもうわ」

「そうだな、あの部屋ならあれもあるしな………」


その話がまとまったのか、今度はマーゲイを手招きする。

まだ少し少し挙動不審なマーゲイだったが、先程よりは大分マシだ。

それからまた少し話が続いた後………。


「………かばん、おすすめの部屋があるから案内するわ」

「コウテイは部屋の片付けをしたいらしいから、私も先に行ってるわよ」


こちらを振り向いたマーゲイとプリンセスがついて来いと言うように部屋を後にする。


「じゃあみなさん、行きましょうか」

「おすすめの部屋………楽しみなのだ!」


かばんさん達がそれに続く。

さて私も、と足を動かした。



と、その時、








「なあ、フェネック」


私だけが、呼び止められた。


声の主は……コウテイだ。


「…………ん、なーにー?」


何か嫌な予感がした私は、ゆっくりと後ろを振り返る。


…………視界に入ったその表情は、とても暗かった。

いつもの冷静な彼女とは打って変わって、今の彼女は何を考えているのか分からない程だ。


「………今日は悪かった、せっかく来てくれたのに」

「気にしないでよー、きっと疲れのせいだってー」

「………そう言ってくれると助かるよ」


そう言うとコウテイはじっと黙り込んでしまった。


………二人の間に、異様な雰囲気が漂い始める。



「…………じゃあ、かばんさん達が待ってるから行くね─────」

「待ってくれ!」


再び、呼び止められる。


「なんなのさー、あんまり待たせたくないんだけどなー」

「…………っ」

「まだ何かあるなら早く言ってよー」


何かを躊躇うかのように言葉をつまらせるコウテイ。

私も何度も呼び止められ、らしくなくイライラが募る。


「ほんとに何もないなら行くよー?」

「…………」

「はぁ…………じゃ、行くねー」


ついに痺れを切らした私は強引に部屋を出───────────







「──────話、聞こえてたんだ」

「…………話?」


「そう、キミ達の話…………。 "誰にも知られたくない思い出"って、言ってただろう…………」


「…………あー……」



まさか当の本人から話を振られるとは。

予想外の展開に思わず返事が適当になってしまった。



「………一応、説明しておこうと思うんだ」

「説明………ねぇ………」


「…………キミはカメラの中に誰にも知られたくない思い出が入っていると言っていたが、あれは間違いだ。 あのカメラはマーゲイが私達のアイドル活動の助けになると言って博士達から譲り受けた大切な物………。 そんな物を怪しいことに使うなんて博士達に失礼だ」

「まあ、そのとおりだねー」

「確かにかばんの言っていたとおり、次のコンサートに向けての資料はたくさん入っている…………が、それ以外に使うことは無い。 たまにマーゲイが勝手に私達のしゃしんを撮ることはあるが、彼女はマネージャーである前に私達のファンでもある。 そのしゃしんは私達が見てもよく取れているし、コンサートの参考になるときだってあるんだ」

「へぇー………」


私の返事の後、コウテイは一旦間を置く。

そして、本題に入った。




「フェネック。 キミはきっとあのカメラの中身を何としてでも確かめたいと思ってるんだろう?」

「…………何の事かな」


………彼女は私の心を読めるのだろうか。

一瞬動揺したが、表には出したくなかったため茶を濁す。


「………思っていないのならそれで良いが、一応言っておく。 あのカメラには今まで私達が積み上げた練習の成果が入っているんだ。 それをその程度の感情で簡単に見ようとしないでくれ。 …………私達を待ってくれているファンにも失礼だ」

「………………」


………コウテイの表情は真面目そのもの。

カメラの中身がコウテイの言うとおりだとしても私の想像通りだとしても、正直な言葉として、また闇を隠す言葉として同じ事を言えるだろう。



しかしその気迫に、私の心が放つ悪い欲はいつの間にか身を潜めていた。

アイドル活動の成果。 ファンに失礼……………。

それらの言葉が私の胸に刺さった。


「……………わかったよ。 まあ、元々そんなことは思ってなかったから安心してよ」

「…………ああ、私達の……ファンの皆のためだ、よろしく頼む」



一気に熱が冷める感覚。

心の底でカメラの中身を楽しみにしていたのか、多少の心残りを感じるが………。

今回は私の負けだ。



「…………じゃ、今度こそ行くねー。 かばんさん達が心配してるかも知れないし」

「…………時間を取らせて悪かった、今日はゆっくり休んでくれ。 私はこの部屋の掃除をするから気にしないでくれると助かる」

「はいよー」





……………





「……………はぁ………」


最近は何だか色々あって心身ともに疲れが溜まる。

部屋にコウテイを残し、かばんさん達が向かった方の廊下を歩く。

企んでいたことのやる気も削がれてしまったことだ、今日はゆっくり休むことにしよう。




「……………ん?」


ふと目線を下の落とした時、その視界の端に見覚えのない何かを捉えた。

ゆっくり近づき、それを拾い上げる。


「…………なにこれ」


それは手のひらに余裕で収まるほど小さな、四角く薄っぺらい物体。

力を入れれば容易く割れてしまうのではないかと思うほどだ。

さらに表面には黒い線で"×"と書かれている。


「……………」


全くもって正体が分からないが、自然にできたものではないことは確かだ。

とりあえず無くしては行けないと思い、胸のポケットに仕舞う。



……………その時、私の耳が何かの音を捉えた。

私の向かっている方向から……………誰かが走ってこちらに向かってきている。

多少警戒しながらその場で待機、その正体を待つ。




…………しばらくして曲がり角から現れたのは…………マーゲイだ。

その様子は先程部屋に転がり込んできたときとそっくりで、私の横を風を切る速さで駆けていった。


何事かと振り返ると、コウテイが片付けを進める練習部屋に入っていったようで中から動揺しきった声が聞こえる。




「こ、コウテイさん!!! か、かかか片付けの時こういう小さくて薄っぺらくて小さくて四角くて薄っぺらい物を見ませんでしたか!!?」

「ど、どうしたんだいきなり…………、あまり脅かさないでくれと前言っただろう?」

「とっとりあえずさっき言ったような物があったら私にお願いします!!」




……………小さくて、薄っぺらくて、四角い………。

先程私が拾った物と容姿が一致する事に気がついた。


「……………」


胸のポケットに入っている物を服の上から触れる。


きっとマーゲイは、これを探している。

来た道を戻り、これを渡せばきっとマーゲイは喜ぶだろう。








───────しかし私は、それをしなかった。

そのまま真っすぐ、練習部屋から遠ざかるように歩き始めたのだ。



「……………ごめんよ、コウテイ。 約束、守れそうにないや」



先程の騒動中、私は目撃していた。

マーゲイはあの時、カメラの中身を確認していたと同時にあることをしていた。







──────を、カメラから抜いていたのだ。





私は足を動かす。

その足取りはとても軽かった。


………私の求めていたものが、すぐ手元にあるのだ。



「……」



薄暗い廊下は続く。

きっとこの奥にマーゲイが使っている部屋もあるだろう。

そしてそこに必ず、カメラはある。



「…………」





今日の夜は、長くなるかもしれない。

そんなことを思いながら奥へと歩みを進める。


…………その時無意識に口角が上がっていたことに、私自身も気が付かないまま。

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