第20話 秘密

心というものはとても繊細で、傷つきやすいものだ。

しかしそれとは逆に、とても強く固い面も持ち合わせている。


そんな心が自らの色を変える瞬間というものがある。

魅力的な色んなものに目移りをするような軽いものから、一度思ったことはひょんな事がない限り曲げないという決意まで。 どんなことでも、必ず心変わりしないとは誰も言い切れないだろう。




そう、例えばそれが…………偶然の出会いから一目惚れをして、その者にずっと、一生ついていこうと誓った……"恋心"だったとしても。






────────────────────






「────ねぇ、かばん」

「はい、何ですか?」


僕を呼ぶ声。

その声が聞こえた方向を振り返るとそこにいたのはPPPのマネージャー、マーゲイさんだ。


「……ちょっと気になることがあるんだけど、いいかしら」

「気になること?」


ボクらが今いるのはみずべちほーにあるステージの裏側のとある一室。

普段はPPPがレッスンを、ショーの前は控室として使用されている部屋らしい。

博士さん達から貰ったPPPプラチナチケットを使い、前回とは違いフェネックさんとアライさんも連れての練習見学。


せっかくだからとプリンセスさんに勧められ、サーバルちゃん達はダンスレッスンの体験中。

ボクもしばらく一緒に踊っていたが、サーバルちゃんやアライさんの底知れぬ体力についていけずに途中でリタイアしてしまった。

………その休憩中の事だ。


床に腰を下ろしたボクの斜め後ろに突如現れたマーゲイさんが、耳打ちをするかのような小さな声でボクに語りかけてきた。

それはまるで、ボク以外にはあまり聞かれたくないような様子で。




「…………サーバルとフェネック、喧嘩でもしたの?」



………マーゲイさんはマネージャーである。 PPPのみなさんとは違い、自らが踊ることは無いからこその気付きだったのだろう。

よく見ると、PPPからレッスンを受けるフェネックさんを意図的に避けるかような不自然な位置で踊るサーバルちゃんの姿に僕も気がついた。



「―──サーバル、もうちょっと近くで来て踊れよー」

「サーバルさん、どうかされたんですか?」


やがて指導をしているPPPのメンバーもそれに気づき始めたのか、イワビーさん達からの指摘が入る。

しかし当のサーバルちゃんはというと………


「気にしないで! こっちの方がお日様の光が気持ちいいの!」


………意地でも現在の位置から動くつもりはないようだ。

確かに今日は天気も良く、部屋の窓からは暖かな日光が差し込んでいる。

………が、実際サーバルちゃんの立ち位置に差し込む日光は比較的少ない。

一番多いのは………フェネックさんの立っている場所だ。


「それならやっぱり近くでやった方が良いんじゃないか?」


普通であれば気を使ってくれているように見えるのだか、今の二人の雰囲気だとそうはいかない。

何を言っても「大丈夫」の一点張りである。

無理に言うのも違う気がしたのか、ボーッとしてたはずのフルルさんも口を開く。


「……サーバルがいいならそれでいいんじゃないの?」

「そ、そっか……それなら良いんだけどさ………」

「あまり無理はするんじゃないぞ?」


その不自然な言動にPPPのみなさんも困惑気味。

しかし深掘りはせず、ただその調子に合わせている。

普段なら滅多にないサーバルの様子にただ戸惑っているのか、それとも何かを察しているのか、直接的な言葉は出てこない。




「────あまり詳しくは言えませんが、色々あったんです………」

「ふぅん…………あまり話したくない話題なのね」


言葉を濁すボクを不思議そうに見るマーゲイさん。

やがて、スッと立ち上がるとそのまま一言。


「ま、気になるけど今聞くのは止めておいたほうが良さそうね。 ………とりあえず、何があったかはさておき無理はしちゃ駄目よ?」

「………ありがとうございます」

「よし、それじゃあ──────うへへ……」



ボクに労いの言葉を掛けたくれたと思えばいつの間にか通常運転のマーゲイさんへと早変わり。

その豹変ぶりに気持ちが付いていけず呆然としてしまう。

好きなアイドルが教える側に回るという、滅多に無い機会に興奮冷め止まぬ様子のマーゲイさん。

その手には…………見覚えの無い何かが大事そうに握られていた。


黒い小さな箱に筒がついており、その先端にはキラキラと輝く丸いガラスのようなものが取り付けられている。

それを顔の前で構え、奇声を上げながらPPPの周りをひっきりなしに駆け回る姿がなんとも言えない程奇妙に映った。


「マ、マーゲイさん、それは?」

「これ? 確か……"キャメラ"と言うものらしいわ」

「キャメラ………ですか?」

「何かコンサートに向けて使える物がないかと思って博士たちに相談しに行った時に貰ったんだけど…………これがすごいのよ!」


マーゲイさんは、おもむろに指導中のPPPにキャメラを向けると上部に付いている突起を押した。 同時にパシャリという軽快な音が響く。


「そしたらこれを確かこうやって……ここをこうすると………っはぁぁぁあ~!!」

「……マ、マーゲイさん……?」


キャメラの裏側を凝視しながらくねくねと蠢き始めたマーゲイさんに若干の恐怖を感じるも、その道具の正体が気になるために堪える。


…………やがてマーゲイさんが我に返ると、すっかり忘れていたかのように慌てて駆け寄ってきた。


「ごめんなさい………一瞬我を見失ってたわ」

「そ、そうですか………」

「ゴホン…………とりあえず、これを見てもらえるかしら」


そう言って差し出されたキャメラを受け取る。

するとそこには何と、サーバルちゃんにダンスの指導をするプリンセスさんの熱心な様子が見たままの状態で映し出されていた。


「………凄いですね、これ、どうやったんですか?」

「博士が言うには、今この瞬間の風景を"しゃしん"として絵のように残せる道具、らしいわ」

「そんなものが…………」


きっとこれはこの島にまだヒトがいた時にヒトが使っていた道具だろう。

以前ロッジでラッキーさんが壁に映し出したミライさんと同じようなものとよく似ている。

全く、凄い物を残していったものだ。 考える事が得意なボクにも到底作れそうにない……。

………と、突然ボクらの下方から特徴的な声が割り込んできた。


「カバン、コノ場合"キャメラ"ジャナクテ"カメラ"ノ方ガ正シイカモシレナイネ」

「そうなんですか?」

「…………か、かばんの前だと話し出すのは分かってたけど、やっぱり慣れないわね……」


突然喋り初めたボスに驚いたのか、少し体を強張らせるマーゲイさん。

その表情は、自らが使っていた呼称を否定されたことが気に食わなかったのか少し不機嫌そうだ。


「……ということは博士達が間違ってたってこと?」

「どうなんでしょうか………」

「海外ノ発音的ニハ"キャメラ"トイウ呼ビ方ハ間違ッテナイヨ。 タダ、国内デハ一般的ニ"カメラ"ト呼バレテイルンダ」

「え、…かいが………?」


ボスから聞いたことのない単語が飛び出す。

今までも何度かそれで戸惑ったことがあるが、今回のようにボクが分からない反応を見せれば大体は補足でわかりやすい説明を入れてくれるのだが………。


「………」


……今回はそうはいかないようだ。

きっとボスの中ではこれが限界なのだろう。


「……今日のボスは何だか小難しいわね……」

「今度もう一度博士さんたちに聞いたほうがいいかもしれないですね……」

「また注意されるのは嫌だし、今日はもうキャ………カメラの呼び方でいくことにするわ」


新しい呼び方に慣れないマーゲーさん。

しかし次の瞬間、そんなことはどうでもいいと言わんばかりの熱量で再び語り始めた。


「…………とにかく! PPPのマネージャーである前にいちファンとして彼女達が色んな場面で一瞬だけ見せる表情を残せるなんて革命なのよ! 博士たちに頼み込んで使い方を猛勉強した甲斐があったわ……おかげでちょっと寝不足だけど………」

「あはは……」


ペラペラと喋り倒すマーゲイさんを前に苦笑いを浮かべるボク。

しかしここまで興奮する気持ちも分からなくは無い。

これがあればサーバルちゃん達との思い出をずっと絵として残すことが出来るのだ。

それを後から見返しながら語り合う……幸せとはこういうことだ。


「そうだ、マーゲイさん……そのカメラ少しだけ貸してくれませんか?」


少し興味が湧いた。

これがあれば今後の旅がもっと楽しくなるはず。

そう思ったボクは無性にカメラに触りたくなった。

しかし流石にこの現物を貰って旅に持っていくのはマーゲイさんに悪いので、今後もし同じようなカメラを手に入れた時の為に練習をしておきたい。


「構わないわよ、でも優しく扱いなさいよ?」

「はい、ありがとうございます」


マーゲイが快く差し出すそれを両手で恐る恐る受け取る。

ずっしりと重たいそれは、油断をすれば手からすぐに滑る落ちてしまいそうだ。

その予防のためだろうか、このカメラには首に掛けるためのものであろう少し長めの紐がぶら下がっていた。

ボクはとりあえず落ち着いて帽子を外し、その紐に頭をくぐらせて帽子を戻す。

するとちょうどいい位置にカメラがぶら下がるような形になった。


「………その紐ってそうやって使うものだったのね………知らなかったわ…………」

「多分こうやって使うものだと思うんです。 ずっと持ってると手が疲れるのでこうやって持ち運ぶ為じゃないでしょうか」

「確かに考えてみればそうかもしれないわね………。 今度から私もそうしてみようかしら」


………猛勉強したのでは? と若干心配になる。

しかしこうやって、ボクのアイデアがフレンズさんたちの役に立ってくれることは純粋に嬉しいことだ。

巨大セルリアンに一度食べられてから頭の回転が多少遅くなったような気がするが、相変わらずボクは他のフレンズさんたちがまず考えないような事をさらっと思いつくらしい。

………自覚は無いが、以前サーバルちゃんがそう言っていたのを思い出す。


そのサーバルちゃんは今、一生懸命踊りの練習をしている。

一挙一動はまだぎこちなく、お手本として正面で踊るプリンセスさんとは比べ物にならないだろう。

しかし今、踊りの上手さは問題ではない。

大事なのは一生懸命に取り組む姿だ。


「えっと………たしかここをこうやって………」


基本的な操作をマーゲイさんに軽く教わった後、ボクは早速しゃしんを撮ってみることにした。

ステップを踏むサーバルちゃんにカメラの筒の先を向けつつ、顔の前で構える。

当の本人はダンスに夢中でこちらの様子に気づいていない様子。

自然なサーバルちゃんの表情をしゃしんに収める絶好のチャンスだ。


……せっかくだからフェネックさんやアライさんも撮っておこうか。



パシャリ……。 


持ち前の元気さで何とかついていくサーバルちゃんとアライさん。

それとは対照的に、フェネックさんはお手本であるプリンセスさんの動きをじっくり観察しながら一つ一つの動作を細かくチェックしている。

今回初めて経験したダンスだったが、それぞれの個性がここまでしっかり出るのかと感心しながらその様子を撮影していた。


パシャリ…………。


…………



「─―──ん? それって……」


いつの間にかボクとカメラの存在に気づいたコウテイさんと、覗き穴越しに目が合った。


「確かそれってマーゲイが持ってた道具……だよね」

「はい、ちょっと興味があったんで貸してもらったんです」

「………」



……不意にコウテイさんが静かになった。

その様子に少し違和感を覚えるも、考えてみればコウテイさんの反応は正しい。

悠然とした立ち振る舞いやクールさに定評のあるコウテイさんだが実は緊張にめっぽう弱いらしく、今はほとんど無いが本番前に度々気絶していたそうだ。

そんなコウテイさんの事だ、カメラのような特殊な道具を自分に向けられる事に抵抗があってもおかしくはない。


「……あ、ご、ごめんなさい。 もしかしてコウテイさんって写真を撮られるの苦手でしたか……?」

「あぁ……いや、そんなことは無いよ。 その道具のお陰で私達のポーズの練習がかなり捗ってるんだ、逆に感謝してるくらいさ……」


……しかし、感謝という割にはその表情はあまり浮かない様子に見えた。



何だろう─――──この違和感は。



「そ、そうなんですね………それじゃあもうちょっと撮っても……いいですか?」

「ああ………、構わないよ」

「ありがとうございます、コウテイさん」


何かを心配しているような眼差しでボクを見ていたが、一体どうしたのだろうか。

ただ、一つ分かることがあるとすれば、それは────────




───────似たような視線を、最近にかけて数回向けられた覚えがある事。

一番最近だと博士から。 一番初めは…………アリツカゲラさんからだ。


………嫌な予感が頭をよぎる。

しかし今回の視線は今までの経験とは決定的に何かが違う気がした。

………まあ、その何かの正体は今のところ分からないが………。




「………かばん? どうかしたか?」

「あっ、いえ、何でもないです………」


とりあえずこの違和感は蚊帳の外に放り投げておこう。

今ボクが第一に知りたいのは違和感の正体ではない。

………撮った写真の見方だ。


先程マーゲイさんが見せてくれたような状態にしたかったが、どのように操作すれば良いかが分からない。

色々触れそうな箇所はあるが、下手に触って壊しでもしたら一大事だ。

ならば本人に聞いてしまえば早い。


「マーゲイさ………あれ?」





…………いない。

物陰に隠れているわけでもなく、外で風に当たっているわけでもなく。

ただ単純に、姿がどこにも見当たらない事に気がついた。


「……み、みなさん……マーゲイさんが何処に言ったか聞いてませんか?」


慌ててボクは練習真っ最中のサーバルちゃんたちに問う。

しかし返事は期待はずれ。

全員が首を横に振り、結局何処に行ったのか分からず仕舞いだった。


これでは仕方がないため、ボクが撮った写真はマーゲイさんが返ってくるまでお預けだ。

なら、それまでにもっと写真を撮っておこう。






………と思った次の瞬間だった。



「─っ────かばん! ちょっと一旦返してもらっていいかしら!」


慌てふためいた様子で部屋に転がり込んできたのは、マーゲイさんだ。

突飛な状況にサーバルちゃん達も唖然。

そしてそのままボクの方に息を切らしながら走ってきて─―──



「ま、マーゲイさん? ってちょっと待っ………いたたたた!!?」



─―──ボクの持っていたカメラを掴み、引っ張った。

それもかなり強引だ。

ボクも慌てて首から紐を取ろうとするが、耳に引っかかってしまい痛みが走る。


「―──かばんちゃん!?」


我を忘れたような行動を見せるマーゲイ。

その様子が衝撃的だったのか、サーバルちゃんが声を上げ駆け寄ってくる。

その間にカメラは呆気なく奪われ、その紐に引っかかり脱げた帽子がパサリと床に落ちた。


「かばんちゃん大丈夫!?」

「う、うん、大丈夫…………」

「ねえマーゲイ、何でこんなことするの!?」


サーバルちゃんはかなり動揺していた。

しかしそれと同じくらいマーゲイさんも動揺しているように見えた。

ボクから奪ったカメラを震える手でカチャカチャ操作する様子はまさに必死そのものだ。


「マーゲイさん、一体どうしたんですか?」

「一旦落ち着けよ、マーゲイ!」


豹変したマーゲイさんを心配してか、PPPのみなさんも駆け寄る。

……が、周りが見えていないのか一切の反応を見せず、見開いた目は手元のカメラに注がれ続けていた。


「マーゲイ、ジャパリまん食べよ?」


フルルさんもいつものマイペースさが掠れるほどだ。

それほど今のマーゲイさんは様子がおかしいという事だろう。


…………しかしそんな中、他のメンバーとは違った視線を送っているメンバーがいた。



「なあコウテイ! プリンセス! お前らもなんか行ってやれよ!」

「あ、ああ……そうだな…………」

「…………」



─―──PPPのリーダーであるコウテイさんと、センターのプリンセスさん。

この二人の雰囲気が、他のメンバーと確定的に違うことは誰が見ても明らかだった。


イワビーさん、ジェーンさん、フルルさんの目線はマーゲイさん本人に向いているのに対して、その二人の目線はもう少し下──────カメラに向いているのだ。

まるでマーゲイさんではなく、カメラの方を心配しているように。


……


…………やがてマーゲイさんの目から徐々に焦りの色が消え、カメラをいじる手の動きが落ち着きを取り戻し始めた頃。


「何でマーゲイはあんなに慌ててるのだ………?」


今まで沈黙していたアライさんが率直な疑問を漏らした。


「わかりません………、やっぱりカメラが原因なんでしょうか………」

「かばんちゃん、かめらって何?」


………そういえば、とサーバルちゃんやアライさんはダンスに夢中でカメラの存在に気付いていなかった事を思い出す。


「簡単に言えば色んな思い出をずーっと残せる道具だよ。 例えば………ボスがたまにミライさんの声で喋るでしょ? その時壁なんかに一緒に出てくる絵みたいなものだよ」

「うーん…………よくわかんないけど思い出をずーっと残せるって何だか不思議だね! ………ということはロッジで見たあれはミライさんの思い出だったってことかな」

「あはは、そうかもしれないね」


絞り出した例えが何とか綺麗にハマったようだ。

ミライさんの思い出………解釈は間違ってはいないだろう。


「かばんさん、さっき色んな思い出を残せるって言ったよね?」


続いてはフェネックさん。

サーバルちゃんとは逆サイドの位置からPPPの皆さんやマーゲイさんの様子をじっと見つめながら口を開いた。


「あのマーゲイの様子なんだけど、こう考えるのが一番納得がいくんじゃないかな」

「納得………ですか?」


そして、ボクを横目に見ながら。

若干の悪意を湛えた声色で……。


「そう、例えばあのカメラに───────








───────誰にも知られたくない思い出が、入っていたとしたら?」

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