第18話 代償

「………アライさーん、お宝ってどうやって探すのー?」

「そりゃもちろん、手当たり次第なのだ!」


月明かりが砂を金色に輝かせる。

すっかり夜は更け、真上まで登った満月が私とアライさんを仄かに照らしていた。


私たちは今、先程までいた私の寝床を出て歩いている。

………歩いている、と言うよりは小走りと言ったほうが正しい気もするが。


「―──フェネックー! 早く来るのだ!」

「アライさーん、そんなに急いじゃ駄目だってばー」


博士に騙されて砂漠にお宝を探しに来たアライさんは、先程砂の上で倒れていたのが嘘かと思うほどの活発さを見せていた。

その証拠に私とアライさんの距離は既にかなり広がっており、遠くから私を呼ぶ声が先程から何度も聞こえてくる。

笑顔で手をおおきく振り続けるその光景を見るだけで、心が和んでいくようだ。



………誰かと一緒にいることが、ここまで楽しいとは夢にも思わなかった。

アライさんと出会う前にも、何度か他のフレンズと出会う機会はあった。

スナネコやオリックス、ラクダ等、砂漠にも結構フレンズはいる。

しかし誰と話しても長続きはせず、短時間でさようならという事が続いていたのだ。

原因はハッキリとは分からないが、きっと私のせいだろう。

どんな時も感情の起伏がほとんど無い私と話しても、相手は何も面白くは無かったはずだ。


しかしアライさんは違った。

自分が話すときは元気よく、私が話すときはしっかりと耳を傾けてくれた。

……その内容を本当に理解しているかどうかは怪しいが、そんなことはどうでもいい。

アライさんと話すことがとても楽しい、そしてアライさんも話していて楽しそう。

それが全てだ。


「フェネックぅー!」

「待ってよーアライさーん」


この時間がずっと続けばいいのに。

アライさんとなら、ずっと一緒にいられそうだ……。

そんなことを思いながら、後を追うように砂の上を駆ける。



……しかし、お宝探しと言ってもそう簡単に見つかるものだろうか。

絶対に無いとは言い切れないが、私が覚えている限りではそのような物を見た記憶は無い。

何せ一面砂だらけの土地だ。 あるとしても少し変わった色をした石がたまに転がっているくらいだろうが、果たしてそれをお宝と呼べるのか。


「フェネックー! 綺麗な石を見つけたのだ!」

「良かったねーアライさーん」


……まあ、アライさんが楽しそうならそれでいい。



「見るのだフェネック! キラキラなのだ!」

「おぉー」


アライさんは屈託の無い笑みでこちらに駆け寄り、手に握りしめたお宝とやらを見せてくれた。

そして私は感心する。

……こんな綺麗な物がこの砂漠にあったのかと。


アライさんが見つけ出したのは、ガラスのように透き通った青い石。

その輝きは、お宝と言っても差し支えない程だ。


「へぇー、すごいよアライさーん」

「ふははは! お宝探しならアライさんにおまかせなのだ!」




……しかし私は、同時に違和感を覚えた。

こんな綺麗な石がこうも簡単に落ちているものか、と。


私は頭に浮かんだ疑問を晴らすべく、一つ確認をとることにした。


「アライさーん、その石が落ちてた場所ってどの辺だったのー?」

「やっとフェネックもやる気になってくれたのだ! こっちなのだ!」


毎度お馴染みの全力ダッシュで私を突き放すアライさん。

体力を消耗したくなかった私はマイペースに、……そして周りに注意を払いながら歩く。


─―──その石を見た時、頭の隅にあった記憶に引っかかった。

何の記憶かは分からないが、ほぼ忘れるくらいに興味がなかったか、若しくは………どうしても忘れたかった記憶か。

待ちわびるように足踏みをするアライさんに追いついた時、……ぞわりと冷たい何かが背筋を這うような感覚を覚えた。


「確かこの辺り…………………お?」

「……」


その光景は、私の知っている砂漠ではなかった。

夜闇の中、月明かりだけが周りを照らす今だから分かる。

……私たちの前方の地面で無数に輝く何か。

その輝きはアライさんが見つけた石と同様の、青い光を放っていた。

それだけならまだ偶然の範疇かもしれない。

問題はそれらが以前からでは無く、最近ばら撒かれたように無数に存在しているという事。

それも2、3回太陽が昇る前ではない。


この砂漠は物を一晩放置するだけでも砂埃が積もるのだ。

私の持っていたジャパリまんも、そのせいで何個か犠牲になった事がある。

しかしアライさんが持ってきた石は見事なまでに綺麗だった。

傷一つ無く、曇りも汚れも全く無い。


つまり、この石がばら撒かれた………いや、のは―──―ついさっきだ。


「……アライさん、逃げるよ」

「へ? お宝探しは────」


その時私の耳が微かな砂の音を捉えた。

発生源は…………真下────


「っ!」

「フ、フェネック!? 痛いのだ────」


多少強引にアライさんを引っ張り、駆け出す。




瞬間────────丸い物体がアライさんの居た場所を押しつぶした。


「ひっ―──!?」

「アライさん、急いで」


その一閃を合図に辺りは一転、地面が赤く染まり始める。

青い石の落ちていたすべての場所から現れたのは─―──無数のセルリアン。

──────それだけならまだ良かったのだが………。



「っ…………まずいことになったね」


自分らが来た方向を振り返り逃げ出そうとしたが、どうやら相手の方が一枚上手だったようだ。



私の目の前に、この群れの大玉らしき影が立ち塞がる。

―──いつの間にか、私たちはセルリアンの群れに包囲されていた。


「……あんまりこういうのは得意じゃないんだけどなー……」


大玉以外の個々の大きさは対して大きくはないが、数の暴力と言わんばかりの量に圧倒される。

その上、たちの悪いことに大玉のセルリアンからは一体、また一体と新たなセルリアンを排出しているようだ。

八方塞がり、四面楚歌。 ────まさに今の状況だ。

二匹対数十体+α、圧倒的不利。……絶望としか言いようがない。




「─────フェネック、アライさんが突破口を開くからそこから逃げるのだ」


さらにアライさんまで変なことを言い出す始末だ。

そんなこと出来るわけがない。

それもやっと本当の友達が出来る、そう思ってた矢先になら尚更だ。


「アライさん………ダメだよ、そんなこと言っちゃ…………」

「この量は流石に二人で野生解放してもキツイのだ。 だから片一方が囮になるしかないのだ」

「そんな…………」


そう言っている間にも、セルリアンの輪はじわじわ狭まっていく。

私は頭をフル回転させ、どうにかしてこの状況を打破できないものかと思考を巡らす。


確かに、アライさんが囮になれば私は助かるだろう。

しかし今の私はそんな犠牲を払ってまで助かろうとは微塵も思っていない。


ならば、逆に私が囮になるとどうだろうか。

…………だが、そもそも私は戦いが得意ではない。

セルリアンに遭遇したことはあるにはあるが、今の今まで逃げる事しかやってこなかったのだ。

そんな私が囮になったところでアライさんを無事に逃がせるとは到底思えない。

突破口を開くどころか、それを達成する前に食べられてしまう。


なら、どうすればいい?

どうすればこの状況を二人で乗り切ることが出来る?



「フェネック、構えるのだ! アライさんが野生解放してセルリアンを蹴散らすから、そこから走って逃げるのだ!」






────────――──野生解放。


それは、初めて聞く言葉だった。

そういえば先程もスルーしていたが、同じようなことを言っていたような気がする。

野生解放とは、なんだろうか。

野生解放すれば、どうなるのだろうか。

野生解放が、この絶望的状況を切り開く鍵なのではないだろうか。


…………


「アライさん…………、野生解放って、どうやるの?」


その唐突な質問に、既に戦闘態勢に入っていたアライさんはポカンと口を開ける。


「フ、フェネック…………知らなかったのか?」

「恥ずかしながら、今さっき初めて聞いたよ」

「………しょうがないのだ、アライさんがお手本を見せるのだ。 ……でも、それが終わったらちゃんと作戦通り逃げると約束するのだ!」

「………わかったよ、アライさん」


……口では了解したが、野性解放したら私も一緒に戦うつもりだ。

アライさんとここでお別れをしなければならないと言うならば、私諸共玉砕してやろうという決意を胸に。


「………こう、イメージするのだ。 野生の本能、感情を、すべてを檻から解き放つように……………って博士が言ってたのだ」

「解き放つ…………」


そう言って目を閉じたアライさんの手から、少しずつ何かが滲み出てくる。

……サンドスターだ。

ゆっくりと開かれたその目は金色に輝き、鋭さを増している。


「……これが野生解放?」

「そのとおりなの……だ──―──っ!」


突然言葉を切り全身に力を込めたかと思った次の瞬間、気付かぬ間にすぐそこまで迫っていた小さいセルリアンの石をアライさんの拳が砕いた。

そのまま流れるように次々とセルリアンを倒していく光景は、圧巻の一言に尽きる。

殴り、跳躍、踏み潰し、そしてまた殴る……。

先程よりも五感や身体能力が格段に上がっていることが、目に見えて分かる程だった。



……しかし、代償は付きもの。 サンドスターの消費がかなり激しいようで、5、6体倒した頃には心做しか息が荒れている様子が見て取れた。


「……ふぅ……、こんな感じなのだ。 次は本番なのだ!」

「……」

「フェネック? 何をボーッとしてるのだ!」

「……ん、あぁ、ごめんごめん」



……ダメだ。 分からない。

……どうして?


「さんにーいち、で始めるのだ。 構えるのだ、フェネック」


アライさんにやり方を教わってから、何度か試してみた。

……しかしどんなにイメージしても、その境地に辿り着けない。


野生の本能、感情……檻から…………。

…………やっぱりダメだ。



「さん────」



嫌だ。

こんなところで大切な友達を失いたくない。

せっかく出逢えたのに、もっと沢山話したかったのに……。

このままでは………後悔しか残らない。



「にー────」



何故こんな目に遭わなければならないのか。

何故私が幸せに生きる道を、セルリアンは理不尽に奪おうとするのか。

私が……何をしたというのだ。

…………気に食わない。



「いーち────?」



せっかく見つけた最高の瞬間を、そう簡単に壊されてたまるか。


……どんな代償を受けたっていい。

アライさんは絶対に────―──渡さない。


「フ、フェネック? どうし────っ!?」






──────刹那、私の体が不思議な感覚に包まれた。

全身が軽い。 頭がスッキリと冴え渡る。 疲労感も全く無い。

そして何より、心が不思議なほどに静まり返っている。


「……」


突然静かになった私に戸惑うアライさん。

そんな彼女と同じように、自分の体からサンドスターが溢れ出ているのを感じる。

………私にも、野生解放ができたのだ。

ならば、次にやることは決まっている。


「ど、どうしたのだフェネック……、ちょっと……怖いのだ………」

「……」


薄く開けた目から、セルリアンが既に至近距離まで迫っている状況を把握。

意識を両手に集中させる。


「………アライさん、やるよ」

「やるって─―──」

「決まってるでしょ、───────殲滅だよ」





────────────────────────





……………気付けば、そこはいつもの静かな砂漠に戻っていた。


そこにいるのは手からサンドスターを滲ませながら立ち尽くす私と、へたりと座り込むアライさんだけだ。


「……」


後日アライさんから聞いた話によれば、私がほとんどのセルリアンを狩り尽くしたという。

目で追えない程の速さで駆け回り、小さいセルリアンの石を胴体ごと抉り取る。

セルリアンの大玉さえ圧倒し、何もさせずに一瞬にして石を引き裂いたらしい。

その様子はまるで別人のようで、要約するならば"冷酷"。

静かな空間に、砂地を駆ける音とセルリアンの破裂音だけが響き続けた…………と、アライさんは言っていた。


………戦闘中の内容がアライさんからの情報だけなのには理由がある。

セルリアンを殲滅する。 そしてアライさんを死守する………。

怒りがトリガーとなって発動した野生解放は、この二つの衝動によって体を一瞬にして支配した。

つまり、戦っている最中はほぼ無意識。

その為、記憶が全くと言っていいほど残っていないのだ。


「………フ、フェネ……ック…………」


少し怯えの色を含んだ声が、私の耳に届く。


「あ、アライさん…………」


………良かった……、大切な友達を、守ることができた……。

それを確認した私の中から、冷たい怒りがスッと抜ける。

溢れるサンドスターはその流れを止め、それと同時に──────




──────私の心臓が、大きく跳ねた。




「───────っ!!?」

「フェネック!?」



身体が焼けるように熱い。

鼓動は異様なほどにまで早まり、煮えたぎった血が全身を駆け巡る。

そのまま膝から崩れ落ちた私は、荒れる呼吸を強引に押さえ込むようにうずくまった。


「………っはぁ………っ! うぁ……ぁあ!!」


謎の動悸に襲われる中、私は自らの心の異変に気づいた。

耐えがたい苦しさの中に見つけたのは………切なさ。

まるで何かを欲しているように心が疼く。


そこへ……


「フェネック! しっかりするのだ!!」



………彼女の、アライさんの声が聞こえる。

その声は耳から頭へ、そして心に響き、疼きをより一層強くさせた。


「………あ…ぐっ……! っは……はあっ…………ぅぅう………!!」


慌てて駆け寄ってくる足音。 息遣い。

その一つ一つにさえ反応し、動悸がさらに激しさを増していく。

………このままではまずい。

反射的に、そう思った。


その足音が後数歩で私の側に辿り着く。

ダメだ。 今の私は危険だ。

アライさんを、近づけてはダメ───────




「───────来ないでっ!」

「っ!?」




フレンズとしての理性が、私の喉を震わせた。

何故か、どうやってかは分からないが、このままでは私はアライさんを傷つけてしまうかもしれない。

そんなこと、私自身が許さない。


「で、でも…………」

「っ……いいから………、先に…帰ってて…………」


………改めて声を聞いてわかった。

私の心が苦しむほど欲しているもの、それは──────アライさんだ。

初めて心を開くことが出来る存在なのだ。 それを欲するのはおかしいことではないが、その欲と私の心の欲は何か決定的な違いがあるように感じた。


意識が持って行かれそうになる中、気力だけで持ちこたえているような状態。

心に身体を支配された私が何をやるかなんて、想像もつかない。

そんな状態でアライさんと接触するのは危険すぎる。


「フェネックぅ………」

「……っう…あ………、っはあ………わ、私は大丈夫……だから……―──」



―──今できる最善の策は、アライさんを私から離すことしか無かった。



「―──……お願いだから、っ…言う事聞いてよ…アライさん……っはぁ………はぁ………」

「………」


私が拒絶してからその場を一歩も動いていないアライさんは、じっと黙り込む。

そして、しばらく経った後。



「────わかったのだ、…………待ってるのだ」


そう言って踵を返し、重い足取りで私の元から離れていった。

途中、何度も足音が止まっているのを聞くと、本当に私を心配してくれていたのだと感じる。

その足音がじわじわと遠のくに連れ、比例するように心の疼きも落ち着いていった。

そして、それに反比例するように……………涙の量は多くなっていった。


涙は流れ続ける。

朝、太陽が地平線から顔を覗かせる、その時まで。

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