第17話 邂逅

────あれは……いつ頃だっただろうか。


たしか最初は……そう、砂漠。

元々砂漠に住んでいた私に旅をする理由ができた、その時の記憶────。





────────────────────





フレンズとしての体を得てから、太陽が沈む光景を既に100回以上見たであろうある日の事だった。


「……ふぁ……」


いつものように夕方、太陽が落ちる前の起床、そして欠伸。

その頃はまだフレンズになる前の生活習慣だったため、日が昇ると同時に起きる体にはなっていない。

夕日で砂の色が赤く染まり、日課である散歩の時間だという事を告げる。


「……」


寝床である岩陰を出て、軽く背伸び。

散歩と言っても大したものではなく、何も無い砂漠を適当にぶらぶらと歩き回ってまた戻ってくるだけ。

元々あまり喋る方ではなかったため、一人での散歩は静かに始まり静かに終わるのがいつもの流れだ。


しかし、今日は違った。


「……?」


ふと、遠くに見慣れない黒い物体が転がっているのが見えた。

何かと一瞬身構えたが、ピクリとも動かない様子を見てこう思った。

────変わった石だな、と。


……散歩の延長で見に行くことにしよう。

どうせやることなんて無いし、やるとしてもボスがたまに持ってくるジャパリまんを食べる事くらいしかない。

つまり、稀に起きるイレギュラーしか楽しめる要素が無いのだ。


「……」


少しでも暇つぶしになればいいけど……。

そんな事を考えながら、私はその石のような物体の所へと足を進める。


この出来事が後の自分から"暇"という概念を奪う事になるとは、その時の私は微塵も思っていなかった。





────────────────────





空がじわじわと藍色に染まり始める。

砂漠は昼と夜の温度差が激しい為、先程まで感じていた暑さが急速に肌寒さへと変わっていく。


私が見た黒い物体は一体何なのか。

その正体を確かめるべく、私は歩く。

だんだん近づくにつれ、いろんなことが分かってきた。

大きさは私と同じくらい、もしくは少し小さい。

色は黒一色ではなく、青、灰色も混じっている。

そして………………生きている。


その姿は色は違えど形は私と似ている。

間違いない、………フレンズだ。

うつ伏せで顔から地面に突っ伏している状態のフレンズは、息さえしているもののピクリとも動かない。

だいぶ弱ってしまっているのだろうか。

指で小突いたり体を揺さぶったりしても、起きる様子はない。


「……」


ここに放置するのは危険だ。

このまま日が登れば干物と化すことに間違いはない。

そう考えた私は、とりあえず自分の寝床に連れていくことにした。


……しかし、どうも気恥しい。

ここ最近ほとんど誰とも関わりを持っていなかったことを思い出す。

最後に話したのは…………散歩中に偶然会ったスナネコくらいだろうか。

しかし随分前の事だしあの性格だ、私のことを覚えてるかどうかも怪しい。


……いや、今そんなことはどうでもいい。

目の前にいるフレンズの危機を救わなければ……。

力の抜けた体は想像以上に重いようで、背中に背負おうとしても中々上手くいかない。

そうこうしている間にも、空の色はどんどん濃くなっていく。


「……っしょ……」


結局、何とか安定して背負える形になった頃には辺りはすっかり真っ暗になっていた。

ここまで時間がかかったのには訳がある。

このフレンズが気を失っている事、そして……私が私以外のフレンズの身体に触れるのはこれが初めての経験だったからだ。

驚く程に柔らかく細い腕や脚……。

今にも折れそうに思えたその体をどう扱えばいいのかが、初めての私には分からなかったのだ。

更に、背負った時に背中に感じたあの感覚。

その不思議な感覚に、何故か私の胸はどくんと跳ねる。

何もかもが初めての経験だから、緊張しているのだろうか……。

そう思いながら、ゆっくりと自分の寝床を目指した。

その時、自らの顔がほんの少しだけ紅潮していることに私は気づいていない────。





────────────────────





────そのフレンズが目を覚ましたのは、そろそろ空の色が淡く変わろうとしてた頃だった。


「────……ぅ……」


私の大きな耳が、その微かな声をとらえた。


「……お、よかった、目が覚めたみたいだねー」

「……んぇ……?」

「大丈夫ー? どこか痛くないー?」

「……だ、だいじょーぶ……なのだ……」


寝ぼけ眼のフレンズは、辛うじて返事をしながらむくりと起き上がり、辺りをキョロキョロと見回す。

そして次の瞬間────


「────お宝!!!」

「うわっ」


突然大声て叫んだ。

思わず体が跳ねる私と、立ち上がってわたわたと慌て始める目の前のフレンズ。

……お宝とは一体、何のことだろうか。


「ど、どうしたのー?」

「お宝がアライさんを呼んでいるのだ……! 急がないと誰かに取られてしまうのだ!」

「……とりあえず落ち着いた方がいいと思うなー」


まあまあ、どうどうと手で制する。

段々自らが置かれている状況を把握し始めたのか、じわりじわりと熱は冷めていった。



────ある程度落ち着いてから、私は切り出す。


「大丈夫ー? どこか痛かったりしないー?」

「……大丈夫なのだ、どこも痛くないのだ」

「そっかー、よかったー」


落ち着きを取り戻してからも、まだ不安そうな表情を見せている。

……とりあえず安心させた方がいいだろう。


「……はい、ジャパリまん」

「? ……ありがとうなのだ」


取っておいたジャパリまん、これが最後の一個だが、まあ問題ない。

早めにボスが来てくれるといいが……。


……とりあえず、自己紹介でもしておこうか。


「私はフェネックだよー、……あなたは?」

「あはいはんはあはいはんはほあ」

「あー、うん、空気読めなくてごめんねー」


今のは私が悪い。

ジャパリまんを渡したのは私だし、当然咀嚼中に話しかければこうなる。

これもずっと他のフレンズとの関わりが無かったせいだろうか。


「……んぐっ……ふぅ、ありがとうなのだフェネック!」

「いえいえー、……それよりもう一回名前聞いていいかなー」

「ん、アライさんはアライさんなのだ」


………………………………アライさん?

多分その響きからアライグマのフレンズなんだろうが、一人称が名前の略プラス"さん"付けとは。

一瞬頭が混乱しかけるも、当の本人は何の疑問も抱いていない様子。

……合わせた方がいいのだろうか。


「そ、そっかー……、よろしくねアライさーん」

「よろしくなのだ! …………というか、ここはどこなのだ?」

「ここは私の寝床だよー、アライグ……アライさーん」


お腹を満たしてもなお落ち着かないアライグマ……もといアライさんの問いに私は答える。

……やっぱり少し慣れない……。


「……アライさんこそ、こんな何も無いところで何やってたのさー」

「そうなのだ! アライさんはお宝を探してたのだ!!」

「そういえばさっきも言ってたねー……」


思い出したかのように再び大きな声で叫び始める。

しかしお宝と言われても、この広いだけの砂漠に何があるというのだろう……。

誰かに騙されているだけではないだろうか。

例えば────


「博士たちに教えて貰ったのだ! きっと砂漠のどこかにお宝があると!」


────そう、あの二人だ。


「何となく遊びに行ったら突然教えてくれたのだ! お前にしかできない仕事だから早く行けと言ってたのだ!!」

「へー、それは良かったねー」


通常運転でこの元気の良さ。

静かな場所が好きな二人の事だ、適当な理由をつけてでも早くどこかに行かせたかったのだろう。

しかしそれが砂漠とは、博士たちも酷いことをするものだ。


「それで砂漠に着いてから、暑い中歩いてて、それから……気付いたらここに……………………あれ?」

「アライさんってば砂漠のど真ん中で倒れてたんだよー? 私が気づかなかったら干からびてたかもしれないねー」

「そうなのか!? ありがとうなのだ、フェネック!」


………話をしているうちに、気づいたことが一つあった。

アライさんは、とんでもなく純粋で素直なフレンズだということだ。

そうでなければ博士たちが適当についた嘘をこんな簡単に信じるはずがないし、私と話しているだけでも表情が豊かなのだ。


「でもさー、こんな砂漠にお宝があるとは到底思えないよー」

「んんん………でも、アライさんはもうちょっと探してみるのだ。 きっとフェネックが知らないだけで本当に何かあるかもしれないのだ!」

「そっかー、それじゃあ──────」



そして、そんなアライさんにいつの間にか少しずつ惹かれている自分もいた。



「──────私もついていこうかなー」

「ふぇ? どうしてなのだ?」

「だってさー、このままアライさんを砂漠に放り出したら本当に干からびちゃいそうだしー、ちょうど私も暇だったからさー」


まあ、暇なのは毎日のことなのだが…………。

その毎日が少しでも楽しくなるのであれば、ついていくのも悪くない。


「本当か!? それなら……よろしくなのだ、フェネック!」

「はいよー、よろしくねアライさーん」





────────これが、私とアライさんの初めての出会い、旅の始まり。

そして私は早い段階で、自分でも知り得なかった自らの本性を知ることとなる。

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