第16話 解放

────ボクは、無力だ。


結局一人では何も出来やしない。

ましてや、セルリアンに一人で挑み勝とうなんて無謀にも程がある。


思い返してみれば、長い長い旅の中でアイデアは出すものの実行は周りにいるみんなに助けてもらっていた。

雪山でセルリアンに襲われた時だって、もし一人だったらを完成させる前に飲まれてしまっていただろう。


今までも…………そして、これからも。


いや、これからもと言うのは変だ。

なぜなら、ボクはここで……終わるのだから────



涙が溢れ出す。

自責、後悔、恐怖……。

無数の感情にボクの心は耐えきれず、原型を留めぬほど砕け潰れてしまった。



もう……何も感じない。

絶望も。

悲しみも。

音も。

地面の冷たさも。

肩の痛みさえも……。

何もかもを放棄したボクの体は、力無く横たわる。

自分が自分ではなくなる、その瞬間まで。



「…………ぁ…………」



目の前の台所。

その中にいるセルリアンが、動きを見せる。

……どうやら、用の済んだそこから出ようとしているようだ。

それも、ボクをその目に捉えながら。

……次の標的が決まったのだろう。


食べられるのなら、それでいい。

守るべきものを守れなかったボクに命乞いする資格はないのだ。

……………しかし、その半透明の物体内に浮かぶものを目の当たりにすることだけは、嫌だった。

サーバルちゃんが、食べられた。

その現実を直視することだけは、今のボクにはできなかった。










「…………?」


ふと、違和感を感じた。

台所を抜け、こちらにじわじわと近寄ってくるセルリアン。

その光景に、圧倒的な物足りなさを感じた。






─―──視界のどこにも、サーバルちゃんの姿が無い。


食べられたのであれば、本来はセルリアンの中にその姿が確認できるはず…………。

しかし、ボクが見る限りではその姿は見当たらなかった。


「…………サーバルちゃん…………?」


現状が全くと行っていいほど把握できない。

ただでさえ頭が回らない今、不可解な現状に戸惑う。






────────その時だった。






「────────――!」


横方向から、唸り声のような音が聞こえた。

セルリアンの鳴き声でもなく、はたまたアライさんの声でもない。

そしてそれに続くがの如く、景気の良い破裂音のような音が響き渡る。


慌ててその方向を向くと、先程アライさんを吹き飛ばしたセルリアンの姿が見当たらない。

その代わりに、辺りに広がる虹色の粒子とそれを纏う二つの影。


「──え………………」


ボクの頭は戸惑いを通り越し、パンク寸前に陥る。

なぜセルリアンは消えた?

あの影は何だ?

そして……………ボクに近づくこの足音は、何だ………?





「─―──かばんさん、もう大丈夫ですよ」


優しく、それでいて芯の通った声。

ボクの視界に、赤い棒のような物がちらつく。

……………この声は──────。




「片方は今ヒグマさんとリカオンが倒しました。 もう片方は………………大丈夫そうですね」




───────セルリアンハンターのキンシコウさんの姿が、そこにはあった。


「…………どう……して………」

「パークの平和、そしてフレンズの安全を守るのがハンターの努めですから、…………それより」


そう言うと彼女はボクから向かって正面、台所から向かってきていたセルリアンの方向を向く。

つられるようにボクもその方向に目を向け────―────目を疑った。





「─――───まさか彼女がここまで強かったなんて、想像してなかったですね…………」


そこで行われていたのは、例えるならば一方的な狩り。

攪乱、跳躍、そして斬撃。

ボクが見たのは、セルリアン腕の最後の一本をその爪がいとも容易く切り落とす瞬間だった。


光る目、粒子を昇らせる手がぼんやりと姿そのを浮かび上がらせる。


「…………すごいですね…………」


気づいたときには、既に決着がついていた。

セルリアンの弱点である石を目にも止まらぬ早さでもぎ取り、握り潰す。

既に満身創痍だったセルリアンはいとも簡単に破裂、粒子となり消えていった。


「────」


唖然。

ハンターであるキンシコウさんさえも"強い"と言わしめるその戦いっぷりに、空いた口が塞がらなかった。

単純に強さに驚いている部分もあるが、大事なのはそこではない。







「………フェネックさん……………?」



予想外の、登場だった。

いつもは大人しくのんびりな彼女。

その彼女が中型のセルリアンを翻弄し、圧倒的な力の差で叩き潰したのだ。

誰が見ても驚かないはずが無かった。


そんなフェネックさんは、セルリアンの消失を確認するなり野生解放を解除。

途端、先程までの動きが嘘だったかのように肩で息をしながら、その場に膝をついてしまった。


「……フェネックさん!」


慌ててキンシコウさんが駆け寄る。

続いてボクも重い体を持ち上げた。


「大丈夫ですか? 怪我は?」

「っ……久々に野生解放してみたらこの有り様だよー……」


幸い怪我は無いどころか、むしろ無傷に等しい。

しかしその辛そうな様子は只事ではない何かを感じさせた。

……その様子に、薄らと見覚えがあるのは気のせいだろうか。


「───フェネックさん、ありがとうございます、フェネックさんがいなければ今頃ボクは……」

「……無事で何よりだよー……、それに私が来なくてもきっとキンシコウが助けてくれたと思うよー」

「んー……、流石に私一人ではあのタイプであの大きさは少々苦しいですね。 でもそれをいとも簡単に倒してしまうなんて凄いですよ」


謙虚なフェネックさんと素直に感心しているキンシコウさん。

しかしそんな事よりも気になっている事が一つあった。


「……フェネックさん、サーバルちゃんを知りませんか?」


そう、食べられてしまったと思っていたその姿が、当のセルリアンが倒された後になっても見当たらないのだ。


「あの台所の中で寝ていた筈なんですけど……」

「ああ、サーバルなら大丈夫だよー」

「────え?」


余りにもあっさりとした答えに一瞬思考が止まる。


「だって、ほら────」


そう言ってフェネックさんが図書館の方を指さす。




そこには────図書館の入口からこちらを心配そうに見つめる、サーバルちゃんの姿があった。



その瞬間──── ─―──緊張の糸が、切れた。


「ぁ…………あぁ………よかっ………た…………」


その瞬間、溜まっていたすべての疲れがのしかかり、そのままボクは倒れるように意識を失った。






────────────────────






「────で───」

「──んな─────よ────」


……誰かの話し声が聞こえる……。

……瞼の向こう側から射す光が眩しい。


……確かボクは、セルリアンに襲われて……。

そして────


「────! サーバルちゃ────んいっ!?」

「ぅぎゃっ!?」


聞き覚えのある悲鳴とともに走ったのは、額への強烈な衝撃と激痛。

そのあまりの痛さに、歯を食いしばり悶える。

どうやら、飛ぶように起き上がろうとしたボクの額に何かがぶつかったようだ。


「ほら、言わんこっちゃないのです」


呆れるような声と。


「おおお二人とも大丈夫ですか!?」


慌てふためく声と。


「うみゃぁぁああああああああああ!!!」


床を絶え間なく転がる音と絶叫。



耐え難い痛みを堪えながら目を開けると、そこにはいつもの騒がしい日常が戻っていた。

博士と助手、セルリアンハンターの三人、アライさん、フェネックさん、そしてサーバルちゃん。

全員がボクの目覚めを待っていたかのように、ホッとした表情へと変わる。


「────……っ……」


ボクの頬を、涙が静かに伝った。

それは先の何もかもを失った涙とは真逆の、暖かな、透き通ったものだった。


「そ、そんなに痛かったんですか!?」

「………いえ、そうじゃないんです……ただ、嬉しくて」

「あ……」


先程から心配して声をかけてくれているリカオンさんは、ボクの言葉で静かになる。

そこで、横から何か唸るような小さな声が聞こえる事に気がついた。


「……ぅぅううう─────―っ!」

「ん? ……………うわっ!」


押されるような衝撃。

それと同時に体を締め付けられるような圧迫感。

そして────────



「がばんぢゃああァァァァああああん!! よがっだよおおおおおおおお!!!」



喉を枯らすようなサーバルちゃんの大きな声が、ボクの胸に飛び込んできた。


「さ、サーバルちゃん………!?」

「ううううううぅぅぅぅぅぅうううっ!!!」


グリグリと頭をボクに擦り付けながら、泣き叫ぶ。


「………お前が起きるまで、ずっと待ってたのです」

「まあ、その時顔をずっと覗き込むような体勢だったので心配してたら案の定でしたが………」

「そ、そうなんですか………」


服がサーバルちゃんの涙で濡れていく。

…………ボクの服が濡れるのは、これで三回目だ。

最初はサーバルちゃんが暴走する前、そして噛まれたときのボクの血。

そしてこれが三回目。

前者の二つとは比べ物にならないくらい、今の涙には思いが詰まっているような気がした。


ボクの服を必死に掴み泣き続けるサーバルちゃんの頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。

そして、一言。


「────────ありがとう、サーバルちゃん」





───────────────────────





それからしばらく経ち、サーバルちゃんも落ち着きを取り戻した。

前回のようにそのまま眠ってしまうようなことは、今回はなかった。

しかし、ボクの胸の中が心地良いのか離れる気配はない。

そのままボクも促されるようにずっとサーバルちゃんの頭をなで続けている。


ふと、椅子に座り熊手の手入れをしていたヒグマさんが話し始めた。


「しかし驚いたよ、まさかこんなところにセルリアンが現れるとはね」


話題は、僕らが襲われたセルリアンの話だ。


「あのセルリアン、元々は二体合体して石を隠してたらしいですよ」

「そうね、…………それも、私達が取り逃がした個体と姿形が一致するの」


その話に、博士さんと助手さんが反応を示す。


「………例の"でかいやつ"というのは、アレのことだったのですね」

「タイミングがかなり悪く負傷者も出てしまいましたが、とにかく倒せてよかったのです」


続いてフェネックさんの容赦無い指摘。


「そんな時にぐっすり寝てたのはどこの誰だろうねー」

「う゛っ………」

「…………そ、それは、群れの長として恥ずかしい限りなのです…………」


痛いところを突かれ、そのまま黙り込んでしまった。

そんな鋭利なツッコミをクリーンヒットさせたフェネックさんに、思い出したかのようにヒグマさんが問う。


「しかしフェネック、お前中々やるじゃないか」

「………? 何の事?」

「何の事って、さっきの戦いっぷりだよ」

「あぁー…………」


それはボクも気になっていた事だ。

普段とは桁外れの雰囲気を醸す野生解放に、ボクとキンシコウさんは言葉を失ったのだ。


「私、野生解放あんまり好きじゃないんだよねー、普段の自分じゃなくなるのが怖いっていうかさー……」

「…………確かに、普段とは雰囲気が全く違いましたね。 まるで野生部分が皆さんより強く出ているような、そんな風に見えました」

「その分サンドスターを沢山消費するみたいだし、しかもこれがデフォルトなんだよねー」


……そういえば、野生解放を解いたあとのフェネックさんは何故か激しく消耗していた。

直前にアライさんの野生解放も見たから分かるが、あの様子は只事ではない。

それに……………


……………いや、今この話はやめておこう。

とりあえず、ボクを含めみんなが無事でよかった。

そう、それでいい。


「それでもアレを相手に圧勝するのは並じゃない。 そこら辺のフレンズじゃ到底真似出来ないぞ?」

「まあ、動物だった頃の強さがフレンズとしての強さじゃないってことだねー。 私の野生解放が少し特殊だっていうのもあるだろうけど」

「一度手合わせを………と行きたいところだが、野生解放が解けたときのあの姿を見ると気が引けるな」

「私からも是非遠慮させていただくよー」


少し残念そうなヒグマさん。

そこで突然アライさんが声を上げた。


「………アライさんも、フェネックの野生解放はあんまり好きじゃないのだ」

「……突然どうしたのさーアライさーん」

「正直あの状態のフェネックは怖いのだ、あんなのフェネックじゃないのだ……」


トーン低めの声で語るアライさん。

まるで、その様子を知っているかのような口調だ。


「フェネックは結構前セルリアンに襲われた時、一度だけアライさんの前で野性解放したことがあるのだ」

「…………」

「その時のフェネックの目は今でも忘れられないのだ」


途端にその体が震えだした。


「アライさん、大丈夫だから────」

「だからフェネック、お願いなのだ! もう、野生解放は………やめてほしいのだ……………」


その時に何があったのかは分からないが、アライさんはフェネックさんの野生解放に何かしらのトラウマがあるようだ。

それを掘り下げるのは、あまりよろしくないだろう。

せっかくみんな元気になったのだ、この空気を壊すのには抵抗があった。


「わかったよーアライさーん、心配しなくても大丈夫だよー」

「今回の事はフェネックさんが加勢してくれたおかげで何とかなりましたし、結果オーライと考えましょう」


小さく震えるアライさんにボクは声をかける。

詳しいことがわからない今、ボクがかけられる言葉はこれくらいしか無い。




「────とりあえず、今回の件は一件落着なのです」


話の流れをせき止めるように、博士が一言。

それもそうだ、セルリアンハンターの三人が長々とこの場にいるのはまずいだろう。


「………それにしても、よくこの場所にセルリアンがいるって分かりましたね」


ボクは、最後に聞きたかったことを投げかける。

襲われた時、何故すぐにこの場所という事が分かり駆けつけることができたのか。


「それはリカオンに聞いてくれ」

「リカオンさん……ですか?」


言われるがまま、同じ質問をリカオンさんに投げかける。

そしてその答えは、意外と近くに存在したことが判明する。


「───―─はい、偶然近くにボス居たんでなにかと思ったら、その目が虹色に光りだしたんですよ!」

「虹色………」

「そしたら次の瞬間、私に向かって話し始めたんです!」


やたら嬉しそうな表情でまくし立てるように話すリカオンさん。

その話の中に出てきた、ボスの虹色の光。


「その時、ラッキーさんは何と…………」

「えっとですね、中型のセルリアンが図書館にいるっていうことと、あとは────────




────────かばんを、みんなをたすけて、と」




…………要するに、ボクの腕につけてあるラッキーさんが他のラッキーさんに連絡したのだろう。

無性に静かだと思ってはいたが、そういうことだったのかと納得する。

あの時のボクの精神状態は不安定だった。

そんな状態であったために、ボクの腕で密かに努力をするラッキーさんの存在に気づけなかったのだ。


「………ありがとうございます、ラッキーさん」

「人ノ安全ヲ守ルコトモ、パークガイドロボットノ勤メダカラネ」


チカチカと淡い緑色を瞬かせるラッキーさんは、どことなく嬉しそうだった。







「…………さて、そろそろ行くか」

「そうですね、皆さんお気をつけて」

「また何かあったら呼んで下さい!」


セルリアンハンターの三人は、今回の情報をまとめ終わったのかその場を後にした。


「―──ボク達も、そろそろ行きますか?」

「そうだねー、…………アライさーん、行くよー?」

「了解なのだ!」

「ねえねえ、次はどこに行くの?」


ボクらも、そろそろここを出よう。

気の向くままに、バスに揺られながらの旅だ。


「かばん、我々は料理を待っているのです」

「また来るのですよ」

「はい、もちろんです!」





一昨日、昨日と、良くないことが立て続けに起こる、悪い意味で密度の高い二日だった。

これからの旅は、それを全部無かった事にしてしまうくらい、楽しい旅にしよう。


「ソレジャア、行コウカ」


そそくさとバスに乗り込む四人。

それを遠くから眺め、手を振る二人。



―──これが、ボクの求めている日常というものだ。









しかし、ボクは忘れることはないだろう。

今回のサーバルちゃんの暴走、フェネックさんの野生解放、そして…………………気味が悪いほど頭に残る、野生解放後のフェネックさんのあの様子を。


これが、再びボクらの楽しい旅路を邪魔することになるとは、誰も、思わない。

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